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ヴァーシャたちは翌朝また狼に乗って術師たちに追いついた。
勿論合流する直前にこの変わった移動手段を変えたのだが、そんなことしなくとも術師たちの中に気にする者はいないのではないだろうかと少女は思った。
彼らの殆どがヴァシリーの人形か、事情は知らないもののつき従っている部下だったのだ。
ヴァーシャがいきなり旅団に加わっても、いきさつについて訊ねさえしなかった。
おまけにあの例の大きな狼は毛皮の男その人であった。人二人を乗せ全力疾走していた彼は大分疲れており、ヴァーシャのことを険しい顔で眺める。
彼女が礼とも謝罪ともつかない労わりの言葉を口にすると、諦めたように彼女の傍を離れて行った。これからもきっとあまり仲良くなれないのだろう、とヴァーシャは思った。

「予定通り南へ行く」
ヴァシリーは言った。
「近くまで行っても、里に入る前に下準備をするからね」

彼らは数ヶ月間の旅を続けた。
時折ある村に寄っては、ヴァーシャとヴァシリー、毛皮の男たちは少しずつ人間に触れ、生気を貰って戻ってきた。
毛皮の男は少しで良いようだったが、少女と青年はそれなりに長い時間を人の中で過ごさねばならなかった。
大きな森もいくつか見つけたが、それによってヴァーシャが気付かされたのは、彼女の故郷の森は世界の中でもどうやら力の残っている場所であるということだった。
立ち寄った村村の人々はもちろん彼女たちが「人ではない」ことに気付かなかったし、
術師さえいないような村がほとんどだった。
そういう不思議なことを扱う人たちは、皆里の方へ行ってしまうよ、と人々は言った。

ヴァシリーはごくたまに人形を増やした。普通の農民であったり、旅の人間であったり、詩人や音楽家といった人々だったりした。
さらに暫くすると、故郷の村で狩人たちの手にかからなかった人形たちも少しずつ追いついてきた。
十数人を超えるそれなりの大所帯になったところで、彼らはやっと目的地に辿り着いた。
古い力の残る、南の土地。
綾目の里と呼ばれていた。

*

綾目の里の人々は、基本的に大らかな性質をしている。
そこを訪れる人々は少なくなかったが、来るもの拒まず、去る者追わずという調子で、
出身や経歴を問わず多くの人が出入りしていた。
王さまの縁者が納め、また王さまの下にある土地である、ということにはなっていたが、
実際のところその古い力が宿る土地柄から、王さまに忠誠を誓っているわけではない少数の人々が集まってくることも多々あった。
それでも大ごとになることはないという確信があるのか、
あるいは大ごとになると良いと密かに思ってでもいるのか、
あるいはただ単にいい加減なのか、ようするに反乱分子未満のような存在も中にはいたのだ。
ともかく大体において大らかな場所ではあったが、ここで重んじられるのは、力があるかないかだった。

その日綾目の里を訪れた集団は、北の方からやってきたと言った。
小さな村々の術師の集団であり、ここで力の使い方を学びたいという。
よくある話だったので、里の長達は簡単に話を聞いて受け入れようとしたが、念のため大巫女にも意見を聞くことになった。
大巫女は占いをして言った。
彼らは災いにもつながるが、里の繁栄にもつながる、と。
中途半端に判断しにくい結果が出てしまったので、一般の里の人間たちにはその存在も占いの結果も伏せられたまま、とりあえず北からの集団は里の外にとどまることになった。

*

「……意外と近いんだね」
ヴァーシャの言葉に、傍らに座ったヴァシリーが頷いた。
「順調だったね」
彼らが居るのは里の入り口の近くの小屋の群れだった。訪れた人のためにいくつか用意してあり、今のところ彼らの他には客はいない様子だ。
里の人々が時折側を通ったが、ヴァーシャたちを見てもまた新しい集団が来たな、くらいにしか思わないようだ。
つまりそれは、彼らが警戒されず、危険な存在だとみなされなかったということである。
いきなり襲われる―――あの村へやってきた狩人たちがやったように―――ことも考えに入れていたので、そこはとても意外だった。
そんなわけで、里の中に入れていなくても少女たちは特に慌てていない。目的地に着いたという安堵の方が大きく、くつろいでいるくらいのものだった。
これからの相談でもしようかと、ヴァシリーと毛皮の男、それからヴァーシャが集まってはいたが、のんびりと穏やかな沈黙が続いた。

「花が散っていますね」
何気なく、毛皮の男が呟いた。
顔を上げると、窓の外で薄い紅色の花びらが舞っている。
見覚えのある光景に、ヴァーシャは弾かれたように立ち上がる。窓の傍へ駆け寄ると、花弁は里の中から零れてきているようだ。
古い森で見たあの樹に間違いないと感じた。
力を押さえる何かと関係があるものを求めて「模様」を読んだ時に現われたその樹は、綾目の里にあったのだ。

「……ほんの少しだけでも、中に入れてもらえないかしら」
ヴァーシャが言うと、従兄と毛皮の男は同時に首を傾げた。
「まあ、そんなに警戒されてるわけじゃないみたいだから、監視付きならいいんじゃないかな」
ヴァーシャが立ち上がる。彼女が行くつもりなら一緒に行く、という意思表示だ。
無理するようなつもりは全く無かったが、彼もまた里の中には入ってみたいと思っていた。
毛皮の男も立ち上がり、三人は小屋を出て門の方へ向かった。
花が見たいというと、門番は少し迷った末に、門番自身も一緒に付いて行くということで許可を出した。

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