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ヴァーシャは鋭い痛みに瞼を開いた。いつの間にか意識を失っていたようだった。
青年に何かされたせいで幾分和らいだとはいえ、完全にはふさがっていない傷の痛みは続いていた。走る獣の背の上で、絶えず揺さぶられているのも悪いのだろう。青年が布で縛ったようだったが、血が滲んできてどうしようもなかった。
「そろそろちゃんと手当てしないと、限界だ」
ヴァシリーが深刻な口調で言うので、危ないんだ、とぼんやり思う。
道の脇に旅人のための小屋を見つけると、少女を抱えてヴァシリーはそこへ入って行った。
狼たちは大人しく森の中に散らばっていく。大きな狼は何か言いたげに青年の方を見たが、そのまま行ってしまった。

ヴァシリーは布を敷いてヴァーシャを横たえると、傷口を見ていた。
ヴァーシャは苦しかったし、悲しかった。傷口が熱くて頭がぼうっとした。もう何もかもどうでもいいような気がしたが、でもひどく心細くもあった。
気が付くとまた涙が溢れていた。
「泣かないで、体力がなくなってしまう」
ヴァシリーが何やら合理的なことを言った。
「別に良いわ……」
ヴァーシャは消え入りそうな声で言う。
青年は悲しそうな顔をした。
「君が死んでしまったら、僕は何のために村に戻ったんだ」
少女は黙って横を向いた。涙が頬を伝って床でぱたぱたと鳴った。
自分の中から何かがどんどん零れていくような気がした。多分命なのだ。
声を出さずに泣いていると、ヴァシリーが髪を撫でているのを感じた。
意識がどんどん朦朧としてきて、ヴァーシャはひどく寂しくて不安になる。
それを見越してか、ヴァシリーが言った。
「死にたくなんてないだろう」

よく彼の言うことが理解できなかったが、言葉ではない何かを感じ取ったように、ヴァーシャは小さく頷いた。
ヴァシリーはどこか安心したように微笑む。
彼は上着を取ると、傷口を庇うようにしながら少女に身を寄せた。
彼女には驚くような余裕もない。軽く抱き上げるように頭と背に回された彼の腕を、服を伝って感じていた。

身体が熱い、とヴァーシャは思った。
直接触れている部分はほとんど無いのに、なぜかあの感覚を思い出す―――自分の身体に他のものの生気が入り込んでくる、その感覚を。

「―――う、あ」
突然飢餓感が襲ってきた。少女は小さく呻き声を上げた。
命が足りなかった。彼女の身体はそれをひどく欲しているようだった。
ヴァシリーはそれを眺めていた。縋るものが欲しいらしく服を掴んでくる手を愛おしげに撫でると、笑みを含んだ声で少女の名前を呼んだ。

「ヴァーシャ」
ヴァーシャの背に回された彼の手は、彼女の頭を彼自身の首筋に押しつけるようにする。
彼女は涙で濡れた目を二、三度瞬かせたが、何をすべきかを悟って口を開けた。

「おいで」

青年の声を聞きながら、ヴァーシャは白く鋭い小さな牙を、彼の首筋に突き立てた。

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