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危険が迫っている状況のせいなのか、これまでに無いほどすんなりと相手の中の情報を手に入れられた気がする。
ヴァーシャが狩人から読み取ったのは、スボートニクと呼ばれた彼らのリーダーが、村で強い力を持つ者がいる場所へと向かって行った記憶だった。
すなわち、ヴァーシャの家の方だ。
彼女が家を出たことにも気付いただろうか。気付いていて欲しかった。
家には何も知らない両親がいるのだ。
いや、なにも知らないより悪いのだ、彼らは彼女が戻ってきた存在であることだけは知っているし、それに加担している筈だ。
先ほどの狩人たちの口ぶりからだと普通の人間には手出しをしない方針らしいが、儀式の関係者だったらどうなるか。
少女は必死で走って行った。

ヴァーシャが自分の家の前で見たのは、倒れている両親と布の塊、それから幾人かの狩人たちだった。
悲鳴を上げて両親のところへ駆け寄る。
傷らしいものは見当たらなかった。胸に耳を当てたりして心臓の音を確かめていると、布の塊が近寄ってきた。

「ちょっと、殴っただけ」
こともなげに言う布の塊に、ヴァーシャは強い視線を向けた。
スボートニクだ。
くぐもった声は若い男のようだったが、身体に布を幾重にも巻いているため、どういう姿かたちをしているのかよくわからない。
彼は両親を庇うように屈みこんだ少女をまじまじと見つめて言った。

「隠れてた?着いたら気配が消えてたから、ちょっと困った」
「別に隠れてない」
ヴァーシャは言った。相手は先ほどの狩人たちと違って殺気のようなものは放っておらず、
どちらかというとのんびりした印象だった。
彼女は両親を抱えながら、狩人たちに向って訴えた。

「どうして村の人たちを殺したの」
自分は彼らが変わっていくのに関して何もしなかったくせに、そんなことを言うのだ。ヴァーシャはそう思いながらも、憤りが抑えられなかった。
「人形の人たちも、戻ってきた人たちも、何もしてないのに。
 普通に暮らしてたのよ。どうしてそれが駄目なの」
問い詰めると、スボートニクは言った。
「どうしてって……だめだよ、そんなの」
彼はまず説明の仕方が良く分からないようだった。自明の理であることを、わざわざ言葉にするように、首をかしげるように布を動かしながら言った。
「王さまだってそんな、死んで、生き返るなんてできないのに。
 その辺のあんたたちが、勝手に戻ってくるなんて」
スボートニク以外の狩人たちは何も言わずにヴァーシャを見ている。
「歪んだものは消さないと」
布の塊はそう言って一歩彼女の方へ踏み出した。

ヴァーシャはスボートニクに飛びかかった。
抱きついて引き倒したが、相手の抵抗は少なかった。
しかし命を吸ってやろうとしたところで、彼女の体は警告を発した。
どうやればいいのか分からない。さっき狩人たちを吸ったときの様な感じにならない。
布の塊は一瞬戸惑った少女を地面に叩きつけると、ゆっくり立ち上がった。
ヴァーシャは慌てて身を起こそうとしたが、脇腹に鋭い衝撃を感じて動けなくなった。

「……あ……―――!!」
そのまま襲ってきた激痛に、声も出ないまま彼女は身をよじらせた。
脇腹に長い杭が刺さっていた。
地面に縫い付けるようにヴァーシャの体を固定しているため、身をよじっても動くことはできなかった。

*

「じょうずじょうず」
スボートニクはヴァーシャの脇腹に杭を刺した狩人を褒めた後、彼女の傍に寄ってきた。

「さて、質問の時間」
そんなことを言ったが、ヴァーシャには答える余裕など勿論無い。
声にならない声を上げて、微かに口を動かすだけだった。
しかし構わず布の塊は続けた。
「こんな大量の吸血鬼を作ったのは、あんたでいいのかな」
違う。問われた彼女は思ったが、答えられないし、第一答える義理もない。
スボートニクもよくわからないらしく、力としては十分な気がするんだけど、若いからなあ、とかぶつぶつ言っていた。
「儀式は村で、で生まれた奴が、作ったかな」
淡々と言う相手になんだかヴァーシャは腹が立った。

「通りがかりが作っていって、もう村を出たってことはないですか」
狩人の一人が言った。布の塊はそうかもね、と頷いた。
「そしたら、面倒くさいね。追っていかないと」
ともすると薄れそうになる意識の中で、ヴァーシャは顔を上げた。
ヴァシリーのことがばれたら、この人たち追って行くんだわ。
彼女はそう思うと、焦りを感じた。だめだ、と思うと同時に、必死で口を開いていた。

「私の……人形、よくも殺したわね。仲間……だったのに……」
「……人形にする前に、殺したんでしょ?」
布の塊は言った。もっともな話だ、と彼女も思ったが、別に問答がしたかったわけではない。
「……うるさい……」
そのまま黙る。ヴァーシャのその絶え絶えの言葉と怒りの滲んだ形相で、狩人たちは特に彼女が「大元」であることにある程度疑問を持たなくなったようだった。

彼女の体からはどくどくと血が流れ出していたが、ヴァーシャはそれでも何とか意識を保っていた。
先に狩人二人から生気を吸っていたからかもしれない。
「しぶといな」
狩人の一人が言って、他の狩人たちも杭の剣を抜いた。
「どうする、スボートニク。女だが」
スボートニクは少し考えた。
「子どもを、産ませてもいいけど。相の子は、使えるから……
 でもそれだと、もうちょっと早く手当てした方が、良かったかも」
スボートニクは言った。
「もう、死ぬでしょ、これ」

ヴァーシャは黙って聞いていた。痛みは続いていたが、麻痺したのか、遠いことのように感じてきた。
もう死ぬんだ。
ぼんやりと思った。
なんてことだろう、と。

私の方が、待てなくなっちゃったわ。

「じゃあ、止めでいいか」
狩人の一人が杭を持ち上げ、ヴァーシャの胸の上に当てた。
顔の上に落ちた影を感じながら少女は目を閉じ、成す術もなく死を待った。


―――が、甲高い悲鳴に狩人は手を止めた。
狩人たちが周りを見回すと、ヴァーシャの家の前での騒ぎを知った村人たちが集まり始めていた。
ちらりと走らせた視線の先にイリンカが見えて、少女は焦った。
来ちゃ駄目だってば、もう……
普通の人間は殺さないにしても、両親のように邪魔な相手は倒されるだろう。
悲鳴なんか上げてちゃ、駄目なんだってば―――
目で訴えているつもりだったが、村の人間たちには村の少女がよそ者に襲われて助けを待っているようにしか見えない。
未だ恐怖でか手は出してこないものの、殺気立った人々に囲まれ、これはちょっと面倒なことになったと狩人たちは思ったらしい。

「大義があるんだけど、理解されるのに時間、かかるんだよね」
スボートニクは狩人たちに退却を命じた。
「今は、大元だけ殺せばいい。早く」
ヴァーシャがはっと上に視線を戻すと、ちょうど杭が迫って来るところだった。

「あ―――」

何か言おうとした言葉は途切れたまま。
彼女の心臓に刺さるはずだった木の杭は吹っ飛んだ。
それを持っていた狩人ごと吹っ飛び、人々の輪が散らばっていく。

狩人たちを踏みつけ蹴散らして、ヴァーシャの家の前に駆け込んできたのは、獣の群れだった。

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