38

悲鳴を聞いたヴァーシャは、両親が止めるのも聞かずに外へ飛び出した。
恐ろしかったが、家の中で震えているのも何か違う気がした。
何せ自分自身が騒ぎの原因である可能性も高いのだ。
何が出来ると思ったわけでもなかったが、彼女は悲鳴の聞こえたと思しき辺りへ駆けて行った。


道の真ん中に見知らぬ集団が立っているのを見て、ヴァーシャは脇の家の陰に身を潜めた。
「……手ごたえ無いなあ」
「本当だ。自覚がないらしいな」
彼らは長い剣を二本持っていた。一本は普通の剣であり、もう一本は刃の代わりに尖った木が据え付けられていた。
斬られて動けなくなった村人の胸に、木の剣を突き立てる。
尖った木材に過ぎないはずのそれは、鉄の剣のように易々と人の身体に突き刺さった。 穴の開いた胸から赤いものが噴き出し、少女は目をそむけた。
惨劇を生み出している本人たちは何も感じないようで、すぐに横たわった身体から目を離すと喋り出した。
「あとどんくらいいるんだ」
「スボートニクに聞かないとよくわからないが」
男の一人は言った。
「この村にいる吸血鬼はかなり多いらしい。
 先に大元を叩いた方がいいと言っていたな」
「そんなのおれだって聞いてんだよ、次どこ行けば良いかっつってんだよ……
 いっそみんな吸血鬼だったら、手当たり次第で良いのによ」

彼ら自身には彼女たちを感じ取る力は無いらしい。
かといって普通の人間な訳でもないのだろう。不気味なものを感じるヴァーシャだった。
指示を貰って動いているのだとしたら、リーダーが「わかる」人間なのだ。
吸血鬼って呼ばれてるのね、とヴァーシャは思った。さしずめ彼らはそれを狩る狩人たちだろうか。
それにしても、森から戻った人も人形にされたひとも区別していないらしい。大雑把過ぎるではないか。
外から見るとそんなものなのだろうか。彼女はなんとか彼らを止めたいと思った。

*

狩人たちは背後から響いた、ものが倒れる音に振り向いた。
小さな家の陰に、少女が一人座り込んでいた。
狩人たちを見つめてぽかんとしていたが、やがて視線を彼らの足元に移すと息を呑んだ。

「なんだ、家の中で震えてりゃいいのに」
男の一人はそう言って少女の方へ近寄って行った。
少女は怯えたように首を振って後ずさりする。殺人鬼にでもかちあったと思っているのだろうか、と狩人は思った。
スカーフを顔の際まで巻いているためよく顔立ちは見えないが、
華奢な体つきに強張った表情。震えているだけの弱々しい女の子だ。
「その人……」
少女がかすれた声で言うと、男は面倒くさそうに言った。
「あー、こいつは化け物なんだよ。ほんとは死人なんだ。ちゃんといるべきところに戻るようにしてやったんだ」
狩人の男の言葉に少女は眉を顰める。頭がおかしいと思われているかもしれない、と男は思った。
この村に来るまでに聞き込みもよく行ったが、そういう扱いをされることが幾度もあった。それに彼はいつも腹を立てていた。狩人たちはちゃんと城の人間に言われて働いているのだ。半分は趣味だったが、とにかくちゃんと権利があるのだった。
少女の腕を掴んで無理矢理立たせると、穴の開いた村人の方を向かせて言った。

「もちろん人間相手だったらこんなことはしないんだ、
 これは都の王さまだって望んでいることだからなあ、悪いものを王国に蔓延らせちゃいけないってよ」
言い聞かせてやると、少女は堪らず目を背けた。恐怖のあまりか、狩人の身体にしがみ付くように。
わからせてやったというようにもう一人の方を向くと、もう一人の狩人は訝しげにこちらを見ていた。
いくらなんでもこの状況で得体の知れない男に身を寄せるか―――
不審げに狩人の片方が口を開こうとした瞬間、少女の傍にいた狩人が崩れ落ちた。

「―――!!やはり……」
離れていた狩人は剣を抜いたが、少女は傾いた仲間の身体を彼の方へ押し退けてきた。
片腕で剣を持ち、片腕で仲間を支えようとすると、その隙に何か熱いもので顔を殴られた。
熱せられた火かき棒だった。
傍にあった家の住人はすでにどこかへ逃げて行ってしまっており、勝手に入った少女が赤い火が燃えるままのかまどから拝借したのだ。
狩人が一瞬怯んで顔に手をやった間に、少女は棒で彼の右腕をめちゃくちゃに殴りだした。
帽子も被っていたし、服も鎧というわけではないが厚い。ましてや殴っているのは非力な少女だ。直接的に大きな被害があったわけではなかったが、狩人は思わぬ攻撃に動揺し、剣から手を放してしまった。

「餓鬼……」
殴られた部分から手を離して男は顔を上げたが、すでに少女は目の前から消えている。
急いで振り返ると、後ろから少女が組みついてきた。瞬間、意識が遠のく。
狩人は狩人としての経験はそれなりに豊富だったが、こんなにも早く「食事」を済ませる個体を見たことが無かった。

「スボートニク」

狩人の命を吸った少女は呟いた。
「お城から来た……吸血鬼狩り……王都から……」
薄れてゆく意識の中でも、狩人は驚愕した。
「布の色、布の塊」
少女は彼の記憶を読んでいるようだった。彼らのリーダーの姿を把握し、頭の中に刻み込んでいる。
狩人を掴む少女の白い手は、火かき棒の熱で水ぶくれになっていたが、それも彼が見ている間に回復していく。
ぶつぶつと呟いていた少女は急に表情を止めると、青ざめた。そして脇目もふらず走り出す。
その向う先が少女の家の方角だとは知る由もない狩人は、
果たしてもう一度目覚めることが出来るのかもわからないまま眠りに落ちた。

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