36

ヴァーシャが目を覚ますと、そこはいつもの森だった。
例の儀式の場所に倒れていたらしい。
「無事に戻ってこれたんだわ」
茫然と呟いたが、古い森で見たものは気がかりだった。
大きな樹、見知らぬ土地。
そして、赤く染まった村。
見に来る前よりも大きな不安を抱え込んだような気がしたヴァーシャは、しょんぼりと村へ戻った。

*

「なんか今、呼ばれたような気がした」
南に向かう術師の集団の中で、ヴァシリーがいきなり声を上げた。
「自意識過剰じゃないですか」
彼の部下の毛皮の男はにべもない。
「ひどい」
ヴァシリーは悲しげに言ったが、毛皮の男は彼自身がどこかで思っていることしか言わないのだ。
だから、本当はそんなに悲しくも腹立たしくもなかった。

術師たちの一団は、実は村からそれほど遠く離れたわけではなかった。
というのも、予定して辿っていた道が雪崩でふさがれてしまい、別のルートを辿る為に途中まで戻ってきたからだった。
かといって一度村に寄るほど近いわけでもない。

「南の……なんて言うんだっけ」
「綾目の里です」
「そうそう」
実は自分でも思い出せるのだが、ヴァシリーはこういうやりとりを好む傾向にあった。

「王族がいるんだよね」
「王族というには少し遠いですが、王族の血筋を継ぐ者が治めているようです」
毛皮の男の返事に、青年は頷いた。
どういう風に近づいて行くかな、と彼は考えていた。
それほど相手の力が強くなければ無理矢理人形にしてしまうこともできるだろう。
相手の力が強かったら、じっくり入り込まなくてはならないので時間がかかる。

「王族の子孫より、もう一方の方へ近づいてみた方が良いかも」
もうひとり権力者が居たよね、とヴァシリーが微笑むと、毛皮の男は少し考えてから言った。
「大巫女ですか」
「そう」
青年は遠くに目をやって言う。
「実際、その里に集まる術師たちの方に大きな影響力を持っているのは、
王族側ではなくその大巫女という人らしいじゃないか。
どんな人か知らないけど、意外と協力してくれるかもしれないよね、力を使う者ならさ」
「楽天的です」
毛皮の男が律儀に答えると、青年は肩をすくめていった。
「そうだね……」
彼らがおしゃべりをやめると、今やほとんどがヴァシリーの人形になってしまっている集団は、静まり返ってしまった。

「彼女は起きたかな」
不意に沈黙を破って言うと、毛皮の男はわかりません、と首を振った。
それはわからないだろうな、とヴァシリーも思ったが、何も言わずに目を閉じた。
そして、村の方角へ意識を集中する。
流石に遠すぎるかな。彼は閉じた目を開こうとしたが、違和感に眉を顰めた。

何かいる。彼らよりは村に近いあたりだ。
不審に思ったヴァシリーは、術師たちに止まるように言った。
「今日はこの辺りで休もう」
目を細めながら、呟いた。
「悪い予感がする」

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