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春の嵐は金曜日には本格的になった。
術師たちは小屋に籠り始めた。

ヴァシリーは小屋に入る前にヴァーシャの家に挨拶に来たが、事前に察知した彼女は薪を拾いに行くと言って逃げた。
自分が何を企んでいるのか、顔を合わせたら看破されてしまうような気がしたのだ。
幸いなことに、従兄の中のものは自分の部下―――人形たちを伴わず、一人で小屋にいるらしい。
毛皮の男は術師たちの庵の方で、旅立ちの準備をしているそうだ。

ヴァーシャは自分の寝床に座り込んでいた。土曜日の夜だった。
雷の音は絶えず響いていたが、それほど近いところではなく、雨も降り出してはいなかった。
強い風を受けながら、彼女は従兄がいるはずの小屋の方へ神経を集中させた。
感覚が鈍るというのは本当だ。従兄の中のものが果たしてどれほど鈍っているのか分からないが、ヴァーシャの方はヴァシリーの気配が曖昧になっていた。
小屋の方にはいるのではないかと思う。でも確信はない。
友人に見送られて風呂小屋から出ると、少女は身を潜め、自分の気配を分からないなりに必死で消しながら、従兄がいる小屋へと向かった。
もう迷いはなかった。

明かりは消えている。
それを確認すると、ヴァーシャは音を立てずに扉を開け、小屋の中に入る。
小屋の中は真っ暗だったが、時折外から漏れてくる雷の光もあり、普段ほどでなくとも彼女は夜目が利いた。
藁と敷き布で作った寝床に横になっているヴァシリーを見つけると、心臓が大きく鳴り出す。
まずい、と思い、冷静になろうと少女は深呼吸をする。
暫く小屋の隅でしゃがみ込んだ後、エプロンの下に握っていたものを取り出した。

それは、山査子の木を削って作った、小さな杭のようなものだった。
黒いものは言った。
「山査子の杭で心臓を突けば鍵が開いて、そこからおまえたちの力が漏れ出すという話だよ」
ヴァーシャがそんなことをして大丈夫なの、と聞くと、
「昔ああいう男の鍵を開いて、二人で人間として暮らした娘がいたよ」
と答えた。

ヴァーシャの小さな手でうまく扱える杭なんてそんな大きなものではなく、
結果的に作ってみるとポケットにもぎりぎり収まるような小さいものになった。
小さい代わりに、ひたすら削り続けて鋭くした。
どのくらい深く突けばいいのか分からないが、昔娘がやったというのならばヴァーシャの出来る範囲で良いはずだ。
震えそうになる手を押さえながら、彼女は目標へと近寄っていく。
ヴァシリーは眠っているようだった。ヴァーシャにとっては都合のいいことに、仰向けで、上掛けもそんなに厚いものではない。
眠る青年の傍らに立った彼女は、ゆっくりと布をめくったところで、心臓はどの辺にあるのだろうと考えた。
自分の胸に手を当てて考える、というのを文字通りやったあとに、
どうやらこの辺りだろう、というところにそっと触れてみる。
それらしい震動があった。

ヴァーシャは山査子の杭を両手で握りしめた。不意に手が震えだす。
目を閉じた青年の顔が目に入ったからだ。
暗闇の中で、ヴァシリーの寝顔は無表情だった。険しくも安らかでもない。
成功しても失敗しても、彼が彼女に微笑んでくれることはもうないだろう。
今から―――いや、もう既に、彼女は彼を裏切っているのだ。
どっちの場合でも、ヴァーシャは人形にされるか、殺されるのかもしれなかった。
それなのに彼女はこうするしかないと思っていた。

少女は小さく鋭いその杭を、目を閉じたままの青年の胸に振り下ろした。

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