28

ヴァーシャは「準備」をしながらその日を待っていた。
待ちながらも、迷っていた。本当はヴァシリーの力を奪ったりしたくなかった。
彼の夢―――というにはいささかどろどろとしたものだが、それを壊したりしたら、彼はどんな気持ちになるだろう。
日増しに大きくなる焦りと共に、ただ考えるだけだったヴァーシャの、
その背中を押す出来事が起こったのは、春を迎えるための祭の日だった。

朝からちらほらと雪が降っていたが、村人たちは春への思いに胸を膨らませていた。
祭では、騒いだり飲んだりするのはもちろんだが、
人形を作って燃やすのも重要なことだ。
冬の象徴であるそれを燃やすことで、じきに春がやってくる。
子どもたちや数人の係の者たちが森に行って人形に冬を宿してくるというので、
他の野次馬たちと一緒にヴァーシャもそれについて行った。

まだ寒い日は続くが、この祭が終わったら村の中では春だ。
そろそろ自分もヴァシリーに返事をしなければならない。
彼の「味方」になることを誓って一緒に付いていくのか、
味方にならずに、ただの小さな村の少女として暮らしていくのか。
片耳では雪を踏むさくさくという音を聞きながら、
もう片方の耳では友人のおしゃべりを聞きながら、
頭のどこかで今日も彼女は考え続けていた。

大人たちが人形のまわりに人を集め、歌を歌いだした。
幾重にも人の列が重なり、大合唱になる。
友人の女の子たちはわけもなく楽しくなっているらしく、歌いながら笑っていた。
「うちにおいしいお菓子を用意したのよ。あの人と来てよ」
近寄ってきたイリンカが言った。
「私ひとりじゃ食べさせてくれないの?」
ヴァーシャが笑って言うと、イリンカはにやにやして、
「何か話題を提供してくれなきゃ……あれ」
言ったところで不思議そうな表情をしたので、ヴァーシャは周りを見回した。
少し離れた所に毛皮の男が立って、彼女たちの方を見ていた。

「あんな人見たことないわ」
イリンカが眉を顰めてそんな風に言うので、ヴァーシャは少し焦った。
「お祭りに呼ばれた人じゃないの。迷ってるんだよ、きっと」
イリンカには行列と村へ戻るように言って、ヴァーシャは毛皮の男の方へ駆け寄った。
友人は心配そうに暫く少女の方を見ていたが、行列の後にくっついて村へ戻って行った。

「何してるの。村人には見られないようにしてるんじゃなかったの」
「それもそろそろ終わりだ」
毛皮の男は言った。
「以前の行方不明の件も記憶から薄れてきたころだろう。
私は術師たちが呼んだ南への案内役ということになっている」
大変なうそつきだ。ヴァーシャが口をとがらせても、男は無反応だ。
「何か私に用がある?」
ヴァーシャは気を取り直して尋ねたが、毛皮の男は首を振った。
「別に何も」
気を取り直した意味が無かったことに気付き悲しくなるヴァーシャである。
ところがじゃあ行くよと行って背を向けると、毛皮の男は彼女を引きとめた。

「何なの」
ヴァーシャがつっけんどんに言うと、毛皮の男はしばらく黙っていた。
そして、彼自身も困惑しているような調子で言った。
「お前は近頃はずっと村にいたな?」
「いたよ」
少女は怪訝そうに答える。そもそも村を出るのなんて、森に行く他は年に1度あるかないかくらいのものだ。
「どうしたの。外でそっくりさんでも見た?」
ヴァーシャが機嫌悪げに言うと、男はならいい、と言った。
明らかに彼女が真実を言っているかどうか見ていたようだったが、
ヴァーシャは近頃は本当に慣れた村から外に出るような余裕はなかった。

「隣村に、王都の方から渡ってきた旅人がいた」
毛皮の男は言う。
「村からずっと西に行った方で、妙なものたちが動いていると言っていた」
「妙って何?」
「我々のような、蘇ってきたものを探しているようだったという」
一体その旅人とやらが人間なのかそうではないのかはわからないが、
一度死んで戻ってきたものがいないか、聞いたことがないかと聞いて回っていたという。
「ずいぶん遠い所の話だが、あまりうろついたりしない方がいい」
無表情で言う男に、ヴァーシャは曖昧に頷いた。
「こないだ、あなたの主にも同じようなこと言われたわ」

心配をしてくれたのだろうか。
彼女はまた少し困ったような気持ちになって、顔を上げた。
村の方を眺める。従兄はきっと今、祭りの準備を手伝っている。
しかし彼の居場所を探ろうとした瞬間、ヴァーシャの全身に妙な感覚が走った。
背筋がぞわりとした。精神が引き寄せられる。
気がつくと彼女は、毛皮の男が止めるのも構わず村の方へ走っていた。

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