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「もう少し、僕と一緒に来れないか考えてみて」

ヴァシリーは、話は終わったとしてヴァーシャを村へ送り出した。
面白いくらいに深刻そうな顔で歩いて行く彼女の後姿を眺めながら、彼は小さく笑った。
ヴァーシャは自分が村の少年を食べた―――と思っている。
問われたとき、彼は言葉に出して肯定したわけではないが、少女は肯定ととったらしい。
実際の処理をしたのはヴァシリーだとはいえ、実際少女も直前まで生気を吸っていたのだから、完全に誤解なわけではないが。
人を食うほどに成長した力を持ったことは、彼女の判断に大きく影響するはずだ。

実際ヴァーシャの力の進化は目ざましいものだった。
近しい存在である自分が傍にいたことも原因の一つだろうが、
もともとやはり、強い力を持った個体だったのだろう、と森から戻ってきた彼は推測する。
細かく相手の情報を読み取るような力の使い方も、ヴァシリーにはないものだ。
手元で使えるようになれば、きっと役に立つ。

それでもヴァーシャは村の中で、村の一人として暮らすことに捉われている。
ずっとそうして暮らしてきたのだから、当たり前と言えば当たり前だ。
彼女にしてみれば、無理して与えられた状況から抜け出すこともない。

しかし、もしも彼女が人の側にいられないほど強い力を持ったらどうだろう。
少女の従兄の姿をした青年は、自身の手を見つめる。
ヴァーシャに自らの命を注いだ時のことを思い出す。
あれは仲間に行う治療法だ。森のもの同士が、傷ついた相手に生気を与えて力を増幅させる。
多分あれは強力な起爆剤になった。彼女の中の力は強く揺さぶられたはずだ。
もう一度、何らかの形で彼の命を注げば、恐らく彼女の力はもう戻れないところまでいくだろう。


そう考えたところで、青年は小さくため息をついた。
そんな風に否応なくでは駄目なのだ。
せっかく傍にいた彼と同じ存在なのだから、決定的なところでは彼女の意図でついてきてもらいたかった。
ヴァーシャが言うとおり、彼は異質なのだ。この村の中でだけではなく、この世界の中で。
だから仲間が欲しくなった。
自分の延長線上ではない誰かが欲しかった。

「春までに」
ヴァシリーはひとりごちた。
「決められるかな……」
冷えた空気の中で、光の模様だけがゆらゆらと揺らめいていた。

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