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そこには、まだ昔の世界の仕組みが根強く残っているという。
王さまが現れる前、神さまが作ったままの世界が残っているという。
だからその土地へ、力を持った人々―――特に力を扱う人々、残していこうとする人々が集まってきた。
王さまが現れた新しい世界(といってもそれはもう長い長い間続いている)では、日に日に力は弱まるばかりだからだ。
また、王さまの支配下にありながら、王さまに全面的に与する気にはなれない人々も集まってきた。
古い世界の仕組みは、消えつつあるとはいえ、彼らを支えるだけのものにはなりそうだと思われたからだ。
その土地を治めていたのはもちろん王族の縁者だったが、その土地の娘を娶ってその土地に馴染んでいった。
集まってきた人々にどのような思惑があろうとも、彼らを受け入れて里を大きくした。
そして、力をもつ者たちの中心地として、王都からも無視できないような存在になっている。

そんなことを話しながら、ヴァーシャと従兄の姿をした青年は村の方へ向かった。
今日の森はいつもの森と違う、と少女は改めて思う。
懐かしい何かに満ち溢れた森。古い世界の記憶を映しながら、顔をのぞかせた昔の森なのだ。
これが果たしてヴァシリーの力なのか、森自体に時々起る現象なのかは分からないが。

「このままでは僕らのような存在は滅びてしまう」
青年は言った。
「力がどんどんなくなってしまっている」
一体ヴァーシャが住んでいる村やこの森が、力という観点から見てどんなレベルなのか彼女は知らない。
けれど今歩いている森と普段の森では、天と地ほどの差があるのは事実だ。
「じゃあ、それを止める方法を探して南に行くの?」
あるいは弱まっていく世界の中で、自分の力を強いまま保つ方法を探しに行くのだろうか。
ヴァーシャは答えを待ったが、ヴァシリーの口から出てきた言葉は彼女の予想と全く違うものだった。

「違う」
彼は前を見据えて言った。
「南の土地は足がかりにするために行く」
「足がかり?」
問い返すと、頷いた。
「王都へ行くためのさ」

王都。遥か遠い、王さまの住む土地。
ほとんど物語の中のことのような話でしか聞いたことのなかった単語がヴァシリーの口から発せられて、少女はきょとんとした。
「この村から王都へ行って何かしようとしても時間がかかるけど、
 王都に影響力を持っているあの土地から始めれば一足飛びで中心部へ行ける」
従兄の中のものは真剣な口調だった。
「中心部で、何を?」
話についていけないヴァーシャの問いに、従兄の青年は冷たい微笑みを返した。
「中心部を、潰す」

彼は久しぶりに、柔らかさの欠片もない笑顔を浮かべる。
「ひとりひとりが何をしたって世界は元に戻らない。
 昔王がやったように、世界の模様を覆した中心を―――今の世界の中心を消さなければ」

ヴァーシャも聞いたことがあった。世界を作った神さまの話。
王さまが現れると、彼に世界を譲って眠りについたという話。
けれどその話には違う形のものがある。
王さまが神さまを殺して世界を手に入れたという話。
ヴァーシャが住むような外れの村では、王さまの存在自体がほとんど意識されない。
それでも祭のときなど皆が集まる際には、王都に居る王さまに形だけでも誉の言葉を捧げる。

彼女は囁くように、確認の言葉を口にした。
「つまり、」
従兄の中のものの、その力の向う先は。
「王さまなのね」
森からやってきた彼は、静かに頷きを返した。

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