18

ヴァーシャは頭の中を整理していた。
目を大きく開いたままで、必死に考えを巡らせていた。

人間にこだわる必要はないと従兄の中のものは言った。
彼女はそもそも彼と同じものなのだからと。
彼女も森から来たもので、だから力を持っていて―――?

「あれ、ちょっと、ちょっと待って」
ヴァーシャは手でなんだか空中を遮るような素振りをした。
「だってでも、だって、私だけではないでしょう。
他にも戻ってきた人はたくさんいるはずなのに、どうして私だけこんななの」
「こんなって」
ヴァシリーは若干不服そうに言った。
「言ったとおり、赤ん坊だったからというのがひとつと…
 もしかしたら人の体に入る前の力が大きかったのかもしれないし、偶然かもしれない。
 とにかく、僕と同じ存在は君しかいないってこと」
彼は一歩ヴァーシャの方に踏み出すと、彼女の眼をじっと覗き込んだ。
少女はなんだかいたたまれなくなって目を伏せる。

「……そこの毛皮の人だって、あなたと同じだよ」
ぼそぼそと言う。そっと目を走らせると、毛皮の男はいつの間にか居なくなっていた。
決して毛皮の男は好きではないが、いきなりいなくなられるとなんだか困る。
「彼は僕の一部だ」
ヴァシリーは目を閉じて言う。

「死んでいたところを、僕がよみがえらせた、僕の延長線上でしかない。
 僕ひとりでいるのと変わらないんだ」
「そんなこと、ないように見えるけど」
そんな言い方は彼につき従っている毛皮の男に悪いのではないか。
そんな風に思いながらヴァーシャは言ったが、従兄の青年は首を振るだけだった。
「だから、君に傍に居て欲しい。僕ひとりでは駄目だった時のために」

何が駄目になるというのだろうか。それについて続けて話してくれるかと思ったのだが、ヴァーシャの期待に反してそのまま従兄の中のものは黙ってしまった。
ただ自分のことを見つめてくる目に、少女は静かな圧迫感を覚える。
最近ヴァシリーの前に出ると、もっと考えを整理してから口を開きたいと思いながらも、どうしてもただ内心を吐露するだけになってしまうのだった。

「今まで通りではいけないの」
少女は尋ねる。
「同じ村の中で、ただ一緒にいるだけではいけないの?
 誰にもあなたのことは話さないし、やってることを止めたりもしない。
 何もしないし、私には何もできないの知ってるでしょう、何を」
そこで息が切れてしまったので、彼女は一回言葉を切った。
「仲間になるって、傍にいるとしても、私に何をさせたいの」

言いながらも、ヴァーシャは自分が嘘を吐いているのを自覚していた。
何もできないかどうかなんてわからないのだ。
もう力のことを知ってしまっているのだから。
人を食べることを知ってしまているのだから。
でもそこから目を背けて訊くしかなかった。

従兄の中のものは静かに言った。
「今まで通りじゃ駄目だ」
少女に宣告する。その目は微かに憐れむような表情を浮かべている。
「今すぐ何かしろというわけじゃない。
 ただ受け入れてくれればいい」
「何が起こるか分からないのに、そんなことできるわけないじゃない」
だったら断ってしまえばいい、とヴァーシャは自分で思うのだが、
そうできない気持ちもあるのだ。
従兄のことも助けたいのだ。ただ、もちろんそれに全ては懸けられないという、それだけだ。

「そうだね」
少女が口をとがらせているのを見て、青年は笑った。
「教えてあげたら、答えをくれるかい?」
ヴァーシャは躊躇った。返事ができるか分からなかったからだ。
しかしその沈黙をヴァシリーは肯定と受け取ったようだった。
「春になるまで考えて」

少女ははっとした。
春まであと三月ほど。
従兄たちが南へ向かう時期だった。

inserted by FC2 system