17

ヴァーシャが何も言えないでいると、従兄の青年はふ、と息を吐いた。

「自分の力を自覚した?」

彼の声は優しかった。
「私は……見ようと思っただけなの」
自分の力がどういうものか、ちゃんと知ろうと思っただけなの、と少女は言ったが、途中で声がかすれてしまった。
彼女はただ、従兄の言っていた世界の模様とかいうものを読み取ってみようと思っただけだった。
ただそうしているのだと思って力を使っていた。
けれど、それだけではなかったらしい。
「君が読み取っていたのは、相手から貰った命―――という世界の欠片なのさ」
ヴァシリーは静かに言った。
「ただエネルギーにするだけではないということだね。希少な、誇って良い力だ」
「誇れないわ」
ヴァーシャは青年の言葉を遮るように言った。
「私は―――そんなことしたいわけじゃないもの。
人を食べるものが、村の中では生きられないよ」
異質なものは紛れ込んでいるものの、今まで信じていた村の中での穏やかな生活。
少し変わっていても、人間の中で受け入れられた自分。
それが崩されることを思うと、少女は恐怖を感じた。

「そんなに人間が良い?」
彼女の従兄―――その中の人間ではないものは、そう言った。
同じようなことを前にも言われたのをヴァーシャは思い出す。彼は口を開く。
「教えてあげよう」
目を閉じた彼は、滑らかに説明を始めた。

「この村では毎年最低一度は儀式が行われる。
森へ術師たちが遺体を運んで、まじないを唱える。受け入れた森が消えかけた命に再び力を与える。
……そういう風に僕は村の術師たちに説明を受けた」
ヴァシリーは皮肉っぽく笑って、光の模様の方へ目をやった。
「でも本当は違う。
森に住むものたちが、すかすかになった体に興味を持って入り込むだけだ。
でも体の中にはまだ記憶が残っている。入り込んだものたちは、その記憶と混じり合って、まるで生きていたその人のようになって戻っていく。
それが実際に起こっていることだ」
「前も聞いたわ。それで、村の中にはあなた以外に森から戻ったような感じの人、いないって」

「そう、僕は特別」
彼は言った。
「そして、君も」

穏やかに、従兄の中のそれは言う。
「君が生まれた年にも儀式は行われた。
生まれたての子どもが、死んでね。子どもが死ぬのはあんまり珍しくないことだけど、うちの家は術師たちとわりと親しいんだね、その時も子どもを森へ置いた」
ヴァーシャは目を丸くして青年を見ていた。
「死んだ子どもは明くる日の朝、森の入口で泣いていた。
儀式は一応秘されたものでね、儀式をしたことも隠されるし、そもそも戻ってきた者が死んだということ自体が他人には隠される。
まだ自我のない子どもだったら、本人にも言う必要はないよね。
戻ってきて成長した子どもは何も覚えていない。
けれど、子どもの中には森のものとしても力も残った。
もともとの子どもに自我とか記憶とかが殆ど無かったから、そのまま入れたんだろう。
何も知らずに、でも人としては不自然な力を持ったまま大きくなった」
そう言いながら、ヴァシリーはうっすらと微笑んだ。

「15年と少し前、森から戻って来た子どもは君だ」

ぽかんとしながら少女は聞いていた。
なんだか良くわからない。現実味のない話。

「君は僕と同じだ」
青年は優しい口調のまま言った。
「人間にこだわる必要なんてないんだよ」
言い聞かせるように言った。

「だから、僕らのところにおいで」

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