14

ヴァーシャは久しぶりに外へ出ていた。
ヴァシリーに助けてもらったものの、暫く身体がだるくて臥せっていたのだ。
しかし今日は昨夜の集いのある日だった。村の娘たちが一軒の家に集まり、食べたり飲んだり喋ったりする。
本来は秋にやるものだが、女の子が消えたりしたことがあったので、延ばし延ばしになっていた。気晴らしに行ってらっしゃい、という母親の意見のもと、彼女は娘たちに交じって座っていた。

彼女の身体はまだ万全とは言えなかったが、気持ちの方は意外にも晴れやかだった。
以前は考えると憂鬱になったヴァシリーのことだが、今は少し違った。
要するに、今まで自分はどちらに付くべきなのか、とかそんなことを考えていたのだ。
でもあの夜、彼が何だろうと彼ひとりと向き合えばいいのだ、と思った。

そしてもうひとつ、ヴァーシャが思ったのは、彼女自身のことだ。
どちらにつくべき、とかではなく、自分がどんなものなのか考えてみることにした。
だから少女は今日、沢山の人が集まるこの場所にやって来たのだ。

「私も混ぜて」
ヴァーシャが入って行った集団は、敷物の上にめいめい向かい合って座っていた。
手遊びをしているのだ。
彼女は空いている娘の前に座る。手を打ったり、握ったり、引っ張り合ったりと様々だが、何回か相手と手を触れ合わせるたびにヴァーシャは意識を集中させた。
そこから相手の何が読み取れるか、にである。

相手の娘は歌いながら手を動かしている。時々眼がちらちらと、その娘自身の腕に嵌った鎖を追う。
何度か繰り返すうちに、ヴァーシャの頭にぱちりと浮かんだものがあった。
夕べの集いに来る前に、その娘は迷っていた。
彼女の前に小物が二つ。今付けている鎖と、刺繍のついたリボンだ。
なんとなく、誰かにもらったものなんだな、と思った。
頭の中の娘が鎖を手に取ったとき、一瞬誰かの顔が浮かんだ。
手遊びが終った。

「結構一曲やると疲れるね」
鎖を付けた娘はにっこり笑った。本当に少しだが、息を切らしている。
「ねえ、その鎖どうしたの?」
ヴァーシャが興味津津、といった様子で尋ねると、鎖の娘は少し驚いたように見えた。
その後恥ずかしそうに笑うと、小さな声で言った。
「貰ったの。この後踊るのよ」
彼女が口にした相手の名前は、手遊びの最後に浮かんだ顔と一致した。
ほとんど面識はなかったが、同じ村に住む若者の一人だ。
鎖の娘は飲み物を取りに行ってしまったので、ヴァーシャはまた別の子と手遊びを始めた。

何人か試してみるうちに分かったこととしては、
ヴァーシャが「見る」ことが出来るのは、大体相手が気にしていることだということだ。
先ほどの鎖の娘のように、今ここで座っている大体の女の子の関心事は、もっとあとの時間に来る若者たちのことらしかった。
心配事やそれにかかわる記憶が中心、という様子だったが、
一度だけ先のことも見えた。
手遊びをしている間に飲み物をひっくり返しているのが「見えた」相手が、その後本当にテーブルにお茶をぶちまけた。
そんなものだった。

「だけど、自分からやってみようとすれば割と冷静に見れるわ」
ヴァーシャは思った。
「それに、前よりもわかりやすくなっている気がする」
それが彼女の心持の変化のせいなのか、単に能力が進化しているのかについては、判然としなかった。
そうこうしているうちに時間が遅くなり若者たちが現れて、楽器を吹いたり踊ったりが始まったものだから、あまり考え事をするような雰囲気ではなくなってしまった。

「ヴァーシャも踊りにいこうよ」
名前を呼ばれて少女は顔をあげたが、そのまま笑って首を振った。
「まだ身体、だるいの」
「別にそんなに動かなくてもいいんだよ、誰か待ってるかもしれないのに」
声を掛けてきた女の子はぷうと頬を膨らませた。
彼女が気にすることではないのに、と思って、ヴァーシャは可笑しくなる。
「約束なんてしてないよ。来るの決めたの今日だし」
女の子は顔を曇らせると、そういう意味じゃないよう、と言って踊りの輪の方へ行ってしまった。

「踊りか……」
ヴァーシャは離れたところで踊る人影を眺めながらひとりごちた。
ダンスは手を繋いでするものだ。力を試すにはもってこいだったが、あまり気乗りがしなかった。
踊った相手に家まで送ってもらうのが習わしだという。
そんなのめんどくさい、と彼女は思った。

すると、一人の少年が声をかけてきた。
「ねえ、ちょっと。花火を運ぶのを手伝ってくれない?」
ヴァーシャは幾度か瞬きすると、彼が誰だったか考えた。確か割と近くに住んでいる子だ。同い年くらいの。
ちょっとおっかなびっくりといった様子で、顔を覗き込んでくる。
「そこの水車小屋に置いてきたんだけど、結構嵩があってさ」
そう、水車を持ってるうちの子だ。少女は頷いた。
「うん、良いよ」
そろそろ音楽とほとんど怒鳴り声のようなお喋りに頭が痛くなってきたところだった。
少々歩くことになっても、外の風を浴びた方がいいかもしれない。
「水も一緒に汲むから、そっちは僕が持つから」
「わかった」
少年はよほど困っていたのか、嬉しそうに笑う。

ヴァーシャは少年にくっついて、喧噪を後にした。

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