11

少女は暖炉の脇にちんまりと座っていた。

「あったまった?」

声をかけてきたのは伯母だ。すなわち、例の従兄の母親である。
彼女はまだ変わっていない人間の一人だった。
ヴァーシャが小さい頃から優しくて、よく親戚の子供たちを心配していたのを覚えている。
戻ってきた従兄を誰よりも喜んで迎えたのは彼女だろう。
彼が彼でなくなってしまったのに気付いているのかはわからない。
けれど、気づいているにしては以前と同じ過ぎるから、やはり気付いていないのだろう。
そんな伯母は、いつもするようににこにことほほ笑みながら、ヴァーシャに温かいお茶を差し出した。

「寒かったわね」
少女の傍に腰を下ろすと、伯母は窓の方を見て言った。
「今日は空も暗かったの」
「そう……困ったわね。雪が降らないと良いんだけど」
今日はヴァシリーも帰ってくると言ってたのに、と伯母は呟いた。
術師たちの庵がある方に目をやる。従兄は今日も修行中らしい。

「あんまり帰ってこないの?」
ヴァーシャがカップの方に神経を集中させながら尋ねると、伯母はため息とともに頷いた。
「そうなのよ。覚えることが沢山あるんですって」
伯母は困ったように言う。

息子がどんな事をしているのかはよく知らないのだろうが、
そんなに悪い印象も持っていないみたいだ、とヴァーシャは思った。
恐らく従兄を“蘇らせてくれた”術師たちを信頼しているからだ。
そんな風に考えると、ヴァーシャは少し伯母のことが羨ましくなる。彼女は何も気付かず、疑わずに、変わっていく村と接していくことが出来るのだ。

「術師になって何をするつもりなのかな」
少女が全然見当もつかない、みたいな顔をして(実際よくわからないのだが)尋ねると、伯母も大げさに肩をすくめて首を振った。

「全然わからないの。でも、もっと沢山の人のために働きたいと言ってたわ」

……しらじらしいことを言ってるんだなあ。
ヴァーシャは眉根を寄せてお茶に口をつけた。
確かにこの村は小さすぎるとか言ってたけど。
もっと虚ろな人を増やしたいのだろうか、と首を傾げる。
不思議そうなヴァーシャを見た伯母は自分の台詞に少女が困惑したと思ったのか、
「あの子の話は昔から漠然としてるのよ」
とほほ笑んだ。

「本当に大丈夫なのかしらね、こんなことで」

伯母はそのまま言葉を続ける。

「春になったら南に行くって言うのにね」

ヴァーシャは驚いて顔をあげた。目を丸くして伯母に聞き返す。
「南に行く?」
その驚きように戸惑いつつも、伯母は困ったように笑って頷いた。

「そうなの。南の方…正確には東南ね。
その辺りの方が、術師にとって良い環境が揃ってるんですって。
皆で修行して、1年くらいで戻るつもりだとは言ってたけど」

寂しくなるわねえ、としんみりする伯母。
しかしヴァーシャは茫然と伯母の方を見詰めたままだった。
以前旅の人から聞いた南の土地。力を扱う人々が暮らすというその土地へ、従兄たちは行くつもりなのだ。

いつからそんなことを決めていたのだろう、と少女は思った。
この間毛皮の男のテントのところで会ってからは、特に避けていたわけではないけれど、数えるほどしか言葉を交わしていなかった。
自分には教えてくれないつもりだったのだろうか。
それとも親戚だし、勝手に伝わると思って放っておいたのだろうか。

なんとなく置いてきぼりになったような気持ちでいると、
伯母が軽く頭を撫でてくれる。いつの間にか俯いていたらしい。

「でも1年なんてあっという間よ、ねえ?」

彼女のほほ笑みは邪気が無く、従兄とは全然違うと少女は思ったが、
それでも母親だけあって顔立ちはよく似ていた。
何だか悲しい気持ちのままで、ヴァーシャはただ頭を撫でる手の柔らかさを感じていた。

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