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不審そうな顔をしたまま少女が立ち去ったところで、残された二人は顔を見合わせた。
毛皮をまとった男は何か言いたげにヴァシリーを見る。
青年は薄く笑って視線を返した。

「いきなり会ってしまうとは思わなかったな」
毛皮の男はそれなりに、全力ではなかったものの、隠れていたのだ。村に入り込みやすい時期を計っていた。
村に受け入れられた後ならヴァーシャに紹介してもいいとヴァシリーは思っていた。
けれど思った以上に彼女の感覚は鋭かったらしい。
それとも成長していっているということだろうか。
ヴァシリーは興味深く感じながら、毛皮の男に話しかける。

「何か感想はある?」
「あの娘は、何も知らないではありませんか」
男はすぐさま答えた。表情の変化は乏しいながらも、不満そうな色を浮かべている。
青年は苦笑する。
「そう、知らないからあんまり滅多なことを言ったら駄目だよ」
穏やかだが念を押すような口調に、毛皮の男はしばし沈黙する。
しかし少し悩んだような間の後に、低い声で言った。

「……同胞だと仰った筈です」
「同胞だよ。自覚が無いだけだ、まだ」

ヴァシリーはそう言って、少女が歩いて行った方を眺めた。
彼にも彼女がどこにいるのかはだいたい分る。
小さくとも色々の人々が暮らす村の中で、あんな力を持っているのは彼女だけだ。
隠れている毛皮の男を見つけられるのは、村の中でおそらく彼女だけだろう、と青年は思う。
力の問題だけではない。人々は森に入らなくなったのだ。
入るのは自分たちの世界を広げるときだけ。彼らが立ち入るようになったそこはすでに森ではなくなっている。

昔はそうではなかった。
人も森も森の中の生き物も、彼らが交わることの危険すらも、みなひとつのこととして世界に含まれていたのだ。
しかしいつからかその模様は壊れ、ばらばらなったそれぞれがぶつかり合っている。
不思議な事にはその中で、力を失った森は衰えていくのに、人々は全く気にせずに暮らしているということだった。

「すべてを元に戻しに行くとき、あの子もきっと思い知るよ」
ヴァシリーは淡々とした声で、ぽつりと呟いた。

「自分はあんな風に生きられないってことをね」

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