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「死んだ者が勝手に起き上がるようなことがあったのは、もう昔のことだ」

ヴァーシャが振り向いた先にいたのは、若い男だった。
しかし、最初彼女は相手が何だかよくわからなかった。全身に毛皮をまとっており、顔も服で隠れていたため、人間らしいところがあまり見えなかったのだ。
ヴァーシャのぎょっとした様子を見て、男は鼻の上まで顔を覆っていた布を顎の方へ下した。
少し顔色の悪い、無表情な顔をしていた。

「だれ?」
後ずさりながら尋ねる。
「この村では見かけない顔だけど」

消えた女の子のことが頭をちらつき、彼女はそれなりに危険を感じてはいた。
ただし怖いという感じはしない。走りだせるように気をつけながら相手の返事を待った。
すると相手は訝しげに言うのだ。
「私のことを聞いていないのか」
これにはヴァーシャの方が首をかしげた。
「聞くってだれに」
男が目を少しだけ大きくして口を開いたとき、横から言葉をかけた者がいた。

「僕でしょ」

ヴァシリーが立っていた。
ほんの少し不機嫌そうに口をすぼめたままヴァーシャと毛皮の男を交互に眺めると、
ヴァーシャに向かって少し意地悪そうに笑った。

「この人、僕の友達」
「友達?余所から連れてきたの?」
「そう、君が僕を避けるから」

男が一瞬問うような眼を従兄の方へ向けたのを、ヴァーシャは視界の端で見ていた。
そんなことを言われても、と後ろめたくなるとともに憤慨する少女だったが、
ヴァシリーに久しぶりに会ってみると、思ったよりも会わなかった間の恐怖を感じることなく、以前と同じように振舞う事が出来た。
気を取り直して二人に向かい合う。

「こんなところに住んでるの?凍えちゃうよ」
聞いてみると従兄は、暖かくしているから大丈夫だよ、というむちゃくちゃな返事をした。
「……寒いところが好きなのだ」
男自身もわけのわからない言い訳をした。

「別にどこに住んでるとかはこの際いいけど…戻ってきた人よね。
同じ感じがするもの」
「うん……」
従兄は片眉をあげて、男の方を向いた。多分話を合わせろ、とかそんな合図だ。
「よその村で戻ったんだけど、住んでたところにはいられなくて、ちょっとかくまってるんだ」

ヴァーシャは疑わしげに男たちを見たが、多分追求したとしても何も得られないだろうと思った。
「もっと奥に隠れた方がいいんじゃないの」
「普通の人には見つけられないよ」
ヴァシリーは苦笑する。
「そうなの」
「そのうち何とか村の中に潜り込ませるから、その時にまたちゃんと紹介するよ」
青年は軽い口調でそんな事を言った。そんな事が出来るのか知らないが、彼がやると言うならやるのだろう。
男はほんの少し不服そうな顔をしているようだったが、黙ってヴァーシャに手を差し出した。
少女もその手を握り返した。儀礼的な握手だ。

「今度会う時には二人も友達だね」

従兄がいつものにこにこした顔で言った。

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