5

春が過ぎ夏が過ぎ、秋になった。
小さな村の様子は変わらなかったが、中の人間は少しずつ変化していた。
虚ろな人は未だ少しずつながら増え続けていた。
ヴァーシャの親類の中にも多くなっていた。

ヴァーシャとその周りも変化した。
笑顔を浮かべるようになってから、彼女は他の人と触れ合う機会が多くなった。
彼女の方から人を遠ざけることが少なくなったと言って良い。
同じような年頃の女の子と一緒にこそこそ話したり、一緒に仕事をすることが多くなった。
けれどヴァーシャはなんとなく違和感を拭えなかった。
自分が「あえて」人間の中に溶け込もうとしているような感じだ。
わざわざそんな事をする必要もないはずなのに。
彼女は人間なのだから。

「まだ慣れるのに時間がかかるってことかしら」

ヴァーシャは歩きながら、隣の従兄に声をかけた。
二人はまた森を歩いている。一度入ってしまうと、その後は二人一緒になればなんとなく森で過ごすようになっていた。
なんとなく従兄の足は森の方へ向かう。
少女は何も言わずについていく。

「そうかもね」
ヴァシリーの返事はそっけない。
「慣れるなら慣れるだろうね」
興味が無さそうというよりも、静かに苛立っているような気配に、少女は不思議そうな顔をした。
「なにかあったの?」
「何もないね」
「そう」

ヴァーシャはなんとなく黙ってしまった。
そういえばここのところこの従兄に会っていなかったということを思い出す。
もう少し彼の最近の様子など聞いてあげた方が良かったのかもしれない。
そんな風に彼に気を使うこと自体前の彼女だったらあまりしなかったことなのである。しかしそんなことにヴァーシャは気付かなかった。
何かヴァシリーの気に入りそうな話題を探し始めたところ、折良く相談事があったのを思い出す。

「ねえ、忘れてた。あなたに会ったら相談しようと思ってたことがあるの」
少女の声に、青年は振り向く。興味はあるようだが気乗りしない様子だ。
「何?」
いつもよりも低い声だった。
ヴァーシャはやっぱり言い出しづらい空気を感じるのをごまかすように、慌てて言った。
「ときどき、なにか感じるんだけど、これも力かな」
言った後で、何も伝わらないような訊き方をしてしまった、と思う。
しかし、従兄の方の変化は劇的だった。

「何を感じるって?」
目を開いて、真剣な表情で尋ねる。
「え?」
逆に言いだしたヴァーシャの方が面くらってしまった。
どちらかといえば彼の領域の話なので、軽い話として聞いてくれると思ったのだ。

「ほら、最近また寒くなってきたから、皆でくっついて帰るんだけど」
少女はなんとなく焦りを感じながら言う。弁明しているみたいだ。
「そうすると、ときどき、相手のことがなんとなくわかるみたい。その時どんなこと気にかけてるとか、どんなものが好きかとか」
「気持ちを感じる?」
ヴァシリーはじっと少女の目を見たままだ。
「ううん、そういうのだけでなくて、その…その子のその日食べるはずの晩御飯とかでも」

幾度かそういうことが続くので気になりだして、彼女なりに考えてみたところ、
従兄が―――従兄の中のものが最初に現れたときに言っていた言葉を思い出したのだ。
「世界の模様を読む」と。

「私、相手に繋がる模様を読んでいるんじゃないかと思って」
多分他人に言えばおかしいと思われるようなことを、ヴァーシャはこの従兄にならすんなりと言うことが出来た。
彼はそちら側の生き物のはずだし、術師としての勉強もしているからだ。
現に興味深げに話を聞き、彼女が話し終えるとゆっくりと口を開いた。

「力が大きくなってるんだと思う、君の中の。
それが人と触れることできっかけを得て出てきたんじゃないかな」
ヴァーシャは以前彼とそんな話をしたことを思い出した。大きい力を隠すのに足る力の話だ。
「もう自分で隠せるくらいに力が大きくなってる?」
彼女は尋ねる。
「そんなに大きくない。だいたい意識したばかりじゃないか」
ヴァシリーは即答した。
「力の使い方を教えてあげる。使ってるうちに大きくなるよ」

ヴァーシャはちょっと躊躇うような素振りを見せたが、困った様な顔をして言った。
「でも、私これ以上”力”が大きくなったら困るよ。
今でも十分普通の人達の中で違和感を感じるの」

青年は一瞬虚を突かれたような顔をした。
暫く黙ったままヴァーシャを見つめたが、表情を曇らせたまま口を開く。
「……そんなに人間になりたいの?」
なんだか彼は傷ついたような顔をするのだ。ヴァーシャはなんだか悪いことをしたような気持ちになってしまう。気づけば、言い訳するようなしどろもどろな調子で言い返していた。

「だって、私は人間なんだもの。あなたとは違うよ」

ヴァーシャは言い放ったまま、村の方へ向って駆け出した。
どうしても後ろめたくて、従兄の顔を見たくなかった。
別に彼女は彼の仲間ではないのだから、こんな気持ちにならなくても良いのだ。
けれど、一緒に森の中へ入ってしまうくらいには、近しいものに感じていたのだ。

彼女の従兄は走り去る少女を眺めながら、引き留めることはしなかった。
ただ無表情に見つめていた。
森の中には森の中の住人たちがうろうろしていたが、
彼らのうちの誰も一人で走っていく少女の方へ近づくことはなかった。

inserted by FC2 system