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ヴァーシャとその従兄―――正確に言うと森の奥からやってきた何かが入っている、かつて従兄だったもの―――は、並んで座っていた。
上着を着なくても外にいられる、良い気候だった。
二人は特に何かするでもなく、のんびりと座り込んでいる。

「何かいいことあった?」
ヴァーシャの問いに、従兄―――ヴァシリーは答える。
「ないね」
のんびりと続けた。
「思うに、ちょっとこの村小さすぎて発展性がないかな。
 そろそろもう少し大勢人がいるところに行ってみたいんだけど」

発展性がないというのはどういうことだろうか、とヴァーシャは考える。
何を発展させるつもりなのだろう。
ふと目に入ったのは従兄と一緒にやってきた術師たちである。
二人がいる庭の入口あたりに立って、微動だにしない。
ヴァーシャは彼らのような人間が増えていることに気づいていた。最初に見たとき人形のようだ、という感想を持った彼らだが、同じような感覚をその後村の至る所で抱くようになった。そしてその抜け殻のような生き物たちが村の中をうろうろしていても、皆気付かないのだ。

「……みんな、おかしい」

彼女がぽつりと呟くと、聞きつけたヴァシリーが不思議そうな顔をした。
「何がおかしい?何か見えるかい?」
少女は憮然とした顔で答えた。

「最近虚ろな人が増えてるわ」

青年は微かに目を細めた後、微笑みながら黙って頷いた。
ヴァーシャは横目でちらりと彼の顔を見たが、意味ありげな表情への追及はしない。
どうも彼がこの事態の元凶らしいというのには、彼女も薄々気づいているからだ。

「そんなに周りと彼らは違ってる?」
「ぜんぜん違うと思うんだけど」

ヴァーシャは最初こそ強く言ったが、そこで急に声の力を落した。
「誰も気づかないし……私の方が逆に言われるの。無表情で人形みたいだって」
彼女は周りから浮いて見えるものを感知しているようだったが、どうも周りから自分自身も浮いてしまう傾向にあるようだった。

「どうしてなの。私にわかる異質なものは周りに溶け込んでいるのに、
 私が異質なのはどうして周りにばれちゃうの」

ヴァーシャはうつむいて膝を抱えるようにする。小さく丸くなって身を守ろうとしたのかもしれない。
従兄はそんな様子を殊更心配するでもなく、さらりと言った。
「力が足りないからだよ」
少女は目を丸くする。
顔をあげた相手を確認してから、従兄は続けた。

「自分の異質さを隠せるのは、あまりにも力が弱い場合と、もうひとつ。
 力を隠すに足る力を持っていること、じゃない?
 君の力は隠すには大きいけど、かといって自ら隠せるほど大きくもない、ということ」

ヴァーシャはびっくりしてヴァシリーを見ている。彼女が予測していたのは適当な慰めか無関心だったので、事態解決に関する意見が現れたのに驚いたのだった。といっても、内容が理解できず現実味はなかったが。

「力って、初めて会った時に言ってた…?」
「正確には世界の模様を読む力、とか言う人が多いみたいだけど」
彼女の問いかけに、従兄の青年はそう答えた。
「『この世界を創った神さまは、世界を模様として創りました。人の目には見えない模様ですが、それが見える人には、世界の本当の姿が見えるのです』―――とか術師さんたちの本に書いてあったけど。  まあようするに、このここにくっついている目では普通は見えないようなものが、見えるとか、分かるとか、そういう才能全般のことかな。更に術師とかだと、その見えたものに干渉しようとしだすわけだね。そういうところまで含めて」
みんな力さ、とヴァシリーはさくりさくりと説明する。
その力はあまり人間は持っておらず、術師のような少数の人々が、生まれ持ったわずかな力を様々な方法で鍛え上げて使っているのだという。

「だいたい生まれ持った力がどんな風に使えるのかは、持っている個体それぞれだけど……」
「人でないものが分かるとか?」
ヴァーシャが自分の分かることを鑑みて尋ねると、ヴァシリーは笑って言った。
「それは割と基本の部類かな」
術師の会話などを聞けばそれしか出来ない人間も多いようなのだが、彼はもっと上の段階の話をしているらしい。
ヴァーシャがまだ話を飲み込みきれずに目を白黒させていると、

「そのうち力を大きくする方法を教えてあげる」
ヴァシリーは親切にもそう言った。
たぶん君にならできると思うよ、と根拠の感じられない保証を添えつつ。
そしてもうひとつ付け足した。
「でも今のところ、立ち振る舞い如何でそれなりに周りに溶け込むことも出来ると思うよ。
 実際笑顔は大事かもね。にこにこしてみたら?」

少女はちょっと不満げに青年を見上げたが、それほど嫌な気持にはならなかった。
意識的に笑うのって結構大変なんだけどな、と思いながら、頬骨ごと口角をあげてみたりする。
そいうえば従兄は戻ってきてからだいたいにおいてにこにこしているではないか。もしかして彼の中のものはそういう生き物なのかもしれない。
頬に手を当てて彼女がじっと眺めていると、視線に気づいた従兄は「手伝ってあげようか?」と頬を引っ張ろうとしてきた。ヴァーシャは憤慨する。
「のびちゃうでしょ!」
「ちぎれちゃうかも」
にこにこと冗談を言ったが、もしかして冗談ではないのかも知れないとも思う少女だった。
そういえば最初に会ったときは、脅してきたのではなかったか―――

「あなた、親切になったね」
ヴァーシャは言う。一瞬ぽかんとしてから、その言葉の背景を悟ったらしい従兄は自嘲気味に笑みを浮かべた。
「感化されてるんだ」
人間の中で暮らす生活に。
「人間の中で暮らしていくつもりなら、良いことだと思うけど」
ヴァーシャが困ったように言うと、青年は表情をほんの少し硬くして、言った。

「どうかな」

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