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「ヴァーシャ?」

かけられた声に、少女は振り向いた。
良い天気だったので、物置に仕舞い込んでいた色々の道具を虫干していたヴァーシャだったが、
気付けば件の従兄が不思議そうに彼女のことを眺めていたのだった。
何かの用事で通りかかったらしく、庭の土の上に座り込んだ彼女に気がついたのだろう。
彼は笑って、何やら長い杖のようなものを掲げて見せた。

「どこ行くの」
「術師たちのところ」

従兄は肩をすくめるようにした。結った髪が背中で跳ねる。
その後彼が村の術師たちに弟子入りしたというのは少女の耳にも入っていた。
めきめきと力をつけているというのも、なんとなく噂として流れてきている。
戻ってくる前は全くの一般人だったはずの従兄だが、まるで以前から勝手を知っていたかのような術の使い方をし、知識を吸収し、術師たちの信頼も得ている―――らしい。
当たり前だ、と少女は思う。形は従兄でも、中にいるのは森の奥から来た何かなのだ。

「ヴァーシャっていうんだよね、君の名前」
彼は言う。屈託のない表情に、問われた少女は頷いた。
「そう」
そして問い返す。
「あなたは?」

従兄の青年はそこで先程までの無害そうな表情を崩すと、低く笑った。
「ヴァシリーだよ」
「それはその身体を持ってた私の従兄の名前だわ」
青年の答えに、少女は口を尖らせる。 従兄の変貌振りにも、周りは未だ違和感を抱かず―――抱いてはいるのだろうが、許容範囲ということだ―――彼はすっかり村の一員だ。
「今は僕の名前だよ。そう呼んでもらわなきゃ」
首尾良く村の中に溶け込んで行く割に、聞けば誤魔化したりしないのだな、とヴァーシャはなんだか感心した。
何を考えているのか良くわからない相手だ。

「僕のこと、皆神秘的だって」
「そんな風に言われたの?」
「ちょっとこの体華奢すぎるかと思ったんだけど、思わぬ効果があるよ」
ヴァーシャには正体がばれていると知っているからか、平気でそんな事を言う。
もともとは貧弱で男だか女だかわからないといわれていた従兄だが、中に入っているものが違うと何か違う印象で見られるようだ。
なんだか本当のヴァシリーには気の毒な話だが。

「ああいうことって、よくやってるの?」
「ああいうことって何」
ヴァーシャの問いに目を丸くした青年が問い返す。
「人を生き返らせること」

ヴァーシャが見たのは従兄―――ヴァシリーの分だけだが、少女の親族は特別な信仰をもっているわけでもなく、いきなり変ったことを思いつくような人もいない。段取りや術師の登場は少女から見ても慣れているような気がしたし、村の中で継続的に行われていることなのだろう、と彼女は踏んだのだ。
しかし彼女が村の中を見回してみたところ、ヴァシリー以外に変わった人はいないのも確かだ。

「やってるよ。年が明けてから半年経つけど、今年はまだ僕を入れて二人みたい」
「わりと頻繁なのね」
「まあ、そんなに村自体の人も多くないし、それを考えるとね」

戻ってきた人が自分たちの中に混ざっている。
それを聞いても少女は特に恐怖感や嫌悪感は持たなかった。
ただ不思議に思って従兄に尋ねる。
「わたしに分るのは、あなただけだよ」
ヴァーシャの顔を眺めて目を細めると、従兄は言った。
「僕は特別だから」
ほんの少し自慢げに。

「だいたいの場合は、まだ体に残っている記憶と融合して村に戻っていくらしい。だから自分たちでも人間と思い込んでるし、ある程度もともとあった自我のようなものを同じように形成するみたいだ」
「その、入り込んだものが?」
「そう」

従兄は頷く。

「だけど僕はもっと強くて大きいものだから。ずっとずっと昔、いいものを見つけたんだ。
 白く光る力のかけらみたいなもの。
 だから僕は、僕だよ」
「ふうん……」

本当によく喋るものだとヴァーシャは思った。皆にばらされたらどうするつもりなのか。
もっとも彼女はそれを漏らすつもりはないし、彼の方もそれを知っているのかもしれない。

「教えてくれてありがと」
「どういたしまして」
従兄の青年はくすくすと笑った。そして、いきなり問う。
「君、おなかは空く?」
「え?」
ヴァーシャはきょとんとした顔になったが、とりあえず答える。
「ごはんは十分食べてるから、あんまり空かないよ」
この村は豊かだ。最近は特に、暖かい。

「ご飯を食べればいいんだね。そっちは、そうか。それは、良いな」
少女の返事に従兄は言った。楽しそうだった。
「今度何か美味しいものがあったら持ってくるよ。
 だから、僕のことばらさないでね」

彼はまた杖を掲げて、もう片方の手をヴァーシャに向かって振った。
なんだかその格好がおかしくて、少女は笑い出す。

笑いながらふと従兄の行く先を見ると、彼を迎えに来たらしい術師が二人立っていた。
人形のような感情のない顔をしていた。
従兄は先輩のはずの彼らを従えると、ヴァーシャの視界から遠ざかって行った。

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