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ヴァーシャが初めて彼に会ったのは、親戚一同が集まる、薄暗い部屋の中だった。

彼女自身が参加したわけではないが、儀式が行われたと聞いた。
恐らく知らされていたのは儀式を実際に行う力を持った術師たち、村の幾ばくかの有力者、それからごく近しい親族だけだったのだろう。
ここ数日家から出ないように、他人としゃべらないようにと言われていた理由がわかった気がした。儀式をすることが外に漏れないようにするためだ。
死んだ人間を蘇らせることなんて、古い神さまも世界を統べる王さまも許さないことだからだ。

深い森の中に入って行った人々は、招きの歌を歌い、導の明りを灯した。
その場に青年の亡骸を置いて、村へ戻ってきた。
そして、朝になると、それが来た。
2日前に川で亡くなった従兄が彼の家に戻ってきた。
儀式の際に着せられた、たくさんの刺繍が施された白い服を着て。
穏やかな微笑みを顔に浮かべて、迎えた人々に丁寧に挨拶した。

悲鳴にも似た親族の喜びの声が上がる中、
ヴァーシャは喜ぶでもなく恐れるでもなく、頬杖をついたまま、ただ自分の従兄を見ていた。

―――何を入れてきたのだろう。

彼女は冷静だったが、そこはかとなく落胆も感じていた。
儀式の結果にではない。彼女の他の誰も、帰ってきたのが従兄ではないことに気付かないことにだ。
体は腐らず動くようになっていたが、彼の中に入っているのは別のものだった。
こうして離れて見ているだけでも、人間とはまったく異質だというのに。
森の中にいた何かが入り込んで、導かれてきてしまったのだ。誰も気づかないが。
自分の目や感覚が他の人と違っていることは知っていたが、ここまでとは思っていなかった。

いいのかなあ、あれ……
ぼんやりと考えていると、人の輪が崩れ始めた。親族が、儀式を行った術師に礼を言いに行くものらしい。
人々の輪から外れてぽつんと座っている少女の前に人の壁がなくなり、ふと従兄の、「何か中のもの」が目を向けてきた。
彼は少女に微笑みかけると、ゆったりとヴァーシャの方に歩いてくる。
そして、小さい声で話しかけた。

「見えてる?」

ヴァーシャは首を振った。何か特別なものが見えるわけではなく、空気で分るだけだったからだ。
ただ、イエス・ノーで返事をしてしまった時点で、相手には彼女が気付いていることが伝わる。
しかし彼女に特に危機感はなかった。恐怖もない。
じっと見上げてくるヴァーシャを眺め返しながら、従兄は言った。

「力が強いんだね」
「力ってなに?」

訝しげな少女に、青年は目配せをして言った。

「世界の模様を、読む力」

従兄は少しだけ楽しそうに辺りを見回す。
彼の目にはその「世界の模様」とやらが映っているのだろうか。
しばらくきょろきょろしていた彼は、戸口に集まっている術師たちに目を留めた。微かに頷くようにして、足をそちらに向ける。
ヴァーシャに一度背を向けてから、ふと思い出したように踵を返し、そのまま彼女の傍に屈みこんだ。

「君はあとで使えるかもしれないから、見逃してあげる」

従兄の中の何かはそう言った。

「でも、余計な事を言ったら、食べてしまうからね」

ヴァーシャは、術師たちの方へ向かってまた歩き出した彼の横顔を見ていた。
その顔は実に幸せそうに笑っていた。
御馳走を見つけた時のような、獰猛な喜びを浮かべて。

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