6

さて、お話を書く詩人は少女を自分の部屋に連れて行きました。
寝床はもともと二人用なので、ゆっくり休めます。部屋の中のそこここに置いてある大きな鞄も、華奢な女性二人の邪魔にはならなさそうです。
詩を作る詩人は空気を読んでどこか別のところで何か楽しんでいるでしょう。
お風呂を貸してやって髪を乾かしてやると、少女は大変嬉しそうでした。
身体は綺麗になったし、疲れて固まった手足も柔らかくなったでしょう。
礼を言って着ていた服を抱えた少女に、お話を書く詩人は言いました。

「ところで、あの人はあなたの何なの?」
突然の問いに少女はきょとんとしていましたが、難しい顔で首を傾げました。
どうやらその答えは少女にとっても出ていないもののようです。
しかしその表情の変化や、お酒も飲んでいないのに仄かに赤みの差した頬を見れば、ある程度の方向性は決まってくると言うものでした。
「あなたはあの人のことが好きなのね……」
お話を書く詩人はそう言って、少女の隣に座りました。
少女は若干困ったような顔をしましたが、肯定も否定もしませんでした。ただ口を開きました。
「わからないけど」
自分の手のひらを見つめながら言います。
「あの人の側にいたくなってついて来たの」

「そうなのね」
お話を書く詩人は優しく言いました。
「好きな人と一緒にいられたら、一番幸せだものね」
少女よりは一回り以上年上のようなお話を書く詩人でしたが、優しく可愛らしい声でそんな風に言いました。少女はその様子に安堵したようで、ほんの少し体の力を抜きました。
お話を書く詩人はにっこりと微笑みます。
あくまで優しい表情に優しい声。
しかし、その言葉は何かそれと食い違っていました。

「でも、好きなものとはいつか別れるの」

いきなりの発言に、少女は目を丸くしました。
固まってしまった相手を前にして、お話を書く詩人はつらつらと言葉を並べます。
「私も、たくさん好きなものに会ってきたわ。
皆素晴らしくて、可愛らしくて、愛おしかった……でもありとあらゆる形で、別れと悲しみってやってくるの。
弱い生き物はちょっとしたことですぐ死んでしまうし、
周りの人に引き離されたり、自分から離れていってしまったり。
なによりね、人って移り気なのだわ。朝目覚めたら、自分の好きだった相手は消え失せて、全く魅力の無い生き物が目の前にいたりするの」
お話を書く詩人はため息を吐きました。
物憂げな表情で少女の方へ視線を動かし、おもむろに姿勢を低くします。
「だからね」
寝床の影に腕を差し入れられた腕が、再び少女の視界に戻ってきたとき。
「一緒にいられる間に、全部私のものにしておくの!」
そこに握られていたのは、その重みと鋭さで対象を叩き割る、大きな鉈のような刃物でした。


*


青年が選んだのはそれなりに強いお酒だったので、
詩人の頭はまたぼんやりしてきていました。
しかし、青年が「あ」とかなんとか呟いて、席を立ったものだから流石に我に返ります。
「どうしたんだい」
詩人が問うと、青年は返事をする前に、何か少し考えていました。
「そうですね―――」
何かちょっと迷っているようでしたが、さっきまでのように微笑んで言います。
「食事の時間みたいです」

inserted by FC2 system