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詩人は夢を見ていました。

詩人がいるのは、彼が生まれ育った家でした。
彼の家には彼の父親がいました。彼の母親もいました。
それからときどき、彼の愛する女性がいました。
詩人は―――まだそのときは詩人ではありませんでしたが―――彼女のことを慕っており、彼女もまた彼のことを愛してくれたようでした。
だから詩人はいつでも彼女と一緒にいたかったし、皆の前でお互いのことを話したかったのですが、
残念ながらこの家の人間ではない彼女はときどき来るだけで、普段は手紙のやり取りをするくらいしかなく、
そして残念ながら、周囲はなんとか二人を引き離そうとしていました。
残念ながら。
詩人の恋人は母違いの姉だったからです。

「どうしてなんだろう」
と詩人は言いました。
「こんなのは私たちが生まれたこの場所のこの時代の決まりに過ぎないはずなのに、
何故私たちはそれに縛られなければならないんだ」
今の王さまが現れるよりもっとずっと昔の権力者たちの中には、むしろ血の近い者を理想の伴侶としたものも多かったはずです。
いつ変わるとも知れない決まりなのに。
そう言うと、彼女は悲しそうに、優しげに詩人を諌めるのでした。
「だけど、それを破るほどの強さも私たちは持っていないの。そうでしょう。
いつ変わるとも知れない心だから。
今は悲しくとも離れるしかないのね―――」

「ほら、せめて部屋に戻ってから眠ってくださいよ」
とそんな甘苦い感じの夢を見ていたところで、詩人は侍医に起こされました。
「……それは古今東西共通の常識だろうか……」
詩人の眠そうな声に、侍医はそうですよ、と軽く答えました。
なら仕方ない、と起き上がる詩人は、まだ気持ち夢の中から抜けきれないでいました。

あんな風に別れたから、いつまでもいつまでも、諦めきれないのです。
優柔不断というか、他人任せだと非難されても仕方ありませんが、
あのときもっと絶対的な指針があったら。移り変わる決まりなんかではなく、お互いの気持ちでもなく、もっと他の可能性を許さない導があったら、はっきり諦められたかもしれないのに。
そんな気持ちがどこかにあるから、今の世界とは別の決まりごとで動いている、古いふるい昔話や伝説を集めるようになってしまったのでしょう。どこかにある、無理やりにでも自分を納得させてくれる何かを探して。

「今何時なんだい」
詩人が尋ねると、侍医は答えました。
「もう夜中の12時近くになりますよ。皆さんお部屋に戻られました」
広間はがらんとしており、夕食やその後の宴の跡なども、既に残っていませんでした。
最近健康ブームなのか、皆滞在期間が長くて既に夜通しの宴会には飽きているのか、夜も早いようです。
「お客の青年は?」
「ここですよ」
気付けばすぐ側に青年が座っています。
確か部屋を用意するように支配人に伝えたはずなので、居場所が無いわけではないでしょう。
自分のことを待っていたのかもしれないと、詩人はちょっと申し訳なくなりました。

「すまないね、疲れているだろうに」
「いえ、昨日もこの辺りに泊まりましたから」
詩人の言葉に、青年は答えました。
「それよりも、もう少し飲みませんか?」
しっかり確保していたらしい酒瓶をにっこりと掲げました。

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