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青年を少女のもとに連れて行くと、少女は悔しさと安堵が入り混じったような、なんとも複雑な表情を浮かべました。はぐれた仲間で間違いなさそうです。
「心配したよ」
青年は言いました。
「君の体はまだ本調子じゃないんだから、離れたらだめだ」

小さく低く喋ってはいますが、漏れ聞こえる断片。病気でもしたのでしょうか、黙って青年の横で目を伏せている少女は、言われてみれば儚げな感じがするようなしないような。
詩人はお酒も入っていましたし、自分で何を考えているのか良く分からなくなってきていました。

「兄妹ですかね」
侍医が言います。
部屋の片隅に並んでいる客人二人は、少なくとも血のつながりを確信させる程度には似ていました。
しかし詩人にはしっくり来ません。
「なんかそういう雰囲気ではない気がしないか」
兄妹とはまた違う親密さのような、なんだか切羽詰ったような感覚を受けた詩人でしたが、侍医が不思議そうな顔をしているのを見て、かくりと首を振りました。
……多分、自分がおかしいのだ。
いつだって自分がおかしいのだ、と詩人は感じました。

青年は少女を宥めているようで、少女も乏しい表情―――というより若干不貞腐れたような顔で、小さく青年の言葉に頷いていました。
仲直りしたかな、と詩人と侍医が安堵しかけたところで、
「さあさあ、もう夜遅いからいらっしゃい。泊まっていくのでしょう」
お話を書く詩人が少女の手を引っ張って連れて行ってしまいました。
少女も青年も目を丸くしていましたが、そのことを気に留める様子も足を止める様子も割って入ったお話を書く詩人には無いようでした。
「熱しやすくさめやすいが、熱したときは強引な女なのだ」
と詩を作る詩人は言いました。

連れを迎えに来たはずが一人残されてしまった青年は、とりあえず少女も自分も屋敷に泊まっていくことに同意しました。
「君たちは二人旅なのかい」
詩人が問うと、青年は微笑みました。
「まだ幾人か仲間はいます。皆で東に行く途中なんですよ」
「じゃあ、仲間のところへ戻りたかったろう」
「いえ、体を休めるにはこっちの屋敷の方が良さそうだな」
詩人がすまなそうに言うと、青年はそんな風に返しました。
「人がたくさんいますから」
普通逆じゃないかな、と詩人は思いましたが、使用人がいるから、と言うことかと考え納得しました。

それからしばらく、詩人は青年の話を聞いていました。
彼らが術師で、修行のために東の土地へ向かっているということ。
少女は途中で事故にあって、傷は癒えたものの、まだとても疲れやすいのだということ。
「そんな状態なのに、まだなかなか栄養を取り難いようなので」
と青年は言いました。
「色々説得していたら、機嫌を損ねたみたいで……」
青年は少し困ったような顔をして、少女がいるだろう上の階の方へ顔を向けました。
その表情がなんとも深い色を湛えているように見え、やはり青年と少女の間には一言では表せない何かがあるのだろうと詩人は思いました。

「お二人は兄妹なのですか?」
詩人が尋ねると、青年は不思議そうな顔をしました。そして問います。
「なぜ」
「仲がよろしいようだから」
詩人がそう答えると、青年は一瞬考えて、そしてまた微笑みました。
「仲が良い男女は兄妹だけではないでしょう」
本当です。詩人はおかしなことを言いました。
「ああ、すみません、髪の色や顔立ちが、よく似ているから……」
「あなただって髪の色は薄いし、それ程違った顔立ちではないですよね」
青年は何がおかしいのか笑いながら言いましたが、その後肩を竦めて答えました。
「ご期待に添えなくて残念ですが、兄妹ではありません」
そうしてまた目を細め、笑みを浮かべました。

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