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少女はいきなり走ってきた男女に気付いて驚いたようで、一瞬身を硬くしました。
しかし、逃げる様子はありません。
透き通った皮を持つ白樺の林にふさわしい色白の、整った顔立ちの少女でしたが、
彼女が纏う空気はどこか冷たいものに感じられました。
「こんなところで何をしてるの?」
相手が綺麗な女の子と見るや、お話を書く詩人はそれはそれは柔らかい声で尋ねます。
しかし少女は小さく首を振るだけです。

「家出かな」
詩人は声を潜めて言いました。お話を書く詩人が彼の目線の先を辿ると、少女の裸足の白い足が目に入りました。
少々距離はありますが、湖の周りにある屋敷は詩人たちの暮らしているものだけではありません。今まで他人の姿は殆ど見かけていませんが、近くにある屋敷に滞在している少女が散歩に来たのかも知れません。
けれど、裸足の少女がうろうろしていて何も喋りたがらないとなれば、やっぱりそこには何か深い訳があるのではないでしょうか。
「きっと継母と喧嘩したり、恋人に裏切られたりしたのだわ」
お話を書く詩人はすっかり自分の世界に入っていました。
「それか、そうよ、別の世界から来たのではなくて?そうに違いないわ」
職業柄か、彼女は少々夢見がちなところがありました。
「きっとだから詳しいことは喋れないのだわ。でも私たち、保護してあげなきゃ」
「そうかな」
「そうなのよ」
ちなみに彼らは、自分たちが詳しくを語ってもらえない程度に不審者だと思われている可能性に関しては思い至りませんでした。

「お嬢さん、私たちといらっしゃい。あそこのお屋敷に住んでいるの。きっと落ち着くわ」
詩人が何か言う暇も無く、お話を書く詩人は少女の手をとって屋敷に向かって歩き出してしまいました。
少女は不思議そうな顔をしていましたが、とりあえず抵抗はしないようです。
「これは誘拐じゃないのかね」
詩人はこっそりそう思いましたが、気にしないことにして自分も歩き始めました。
彼も湖の畔の屋敷で、暇をもてあましていたのです。
ときどき後ろを振り返る少女の淡い瞳の色が、詩人の方を伺っていました。
琥珀のようだと詩人は思いました。

もしもどこか別のところから少女がやってきたのなら、彼女は別の次元の何かを持っているのだろうか。詩人は思いました。
それがあればこの世界の何かが変わるだろうか。

三人は屋敷へ入り、夕食の支度を始めました。

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