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「……ええ、結局ですねえ、そのお話を書く詩人というのは然るべきところに捕まりました。女子どもの血で湯浴みをしたりするのが好きだったみたいですね。そう……」
つらつらと、そしてどこかのんびりした口調で話し続ける男に、
面接官は少々呆気にとられたような顔をしていました。
「その屋敷でも何人か人が消えていたようですから、その人たちの件も彼女の仕業になったのか、ならなかったのか……お話的には、なった、というのが収まりがいいですね」
「え、ええ、そうですね」
面接官はしばらくぎこちない態度でしたが、どうやら変な言動を取る人間にはそこそこ慣れているようです。
やがて気を取り直すと、本題に戻ることにしました。

「まあ、あなたが詩人でどんな話を集めているのかと言うことは今聞かせて頂いたわけですが―――一体何を目的としてこの綾目の里に移住を希望するのですか?」
面接官はきびきびとした口調で言いますが、それほど気を張っているわけではないようです。
それもその筈で、彼が面接をしている男は、既に移住することが決定しているのですから。
面接も形式的な、公のデータとして残すためだけのものでした。

「それはもちろん、こちらに残る知識とそれに纏わる伝説を是非とも収集させて頂きたいと思いまして」
男は答えます。
「ちょっと滞在しようと審査を待っていたところ、なんでも娘の方が里の方の御眼鏡に適ったというものですから」
これは何かの思し召しと思ったのですよ。
そう男は言いました。
そしてさっきからずっと傍らに座っている、自らの娘に大げさな微笑を向けました。
色白の綺麗な顔立ちの少女でしたが、
彼女が纏う空気はどこか冷たいものに感じられます。

「ええ、お嬢さんのことは聞いております」
面接官はぼそぼそと言いました。
「是非とも里の為に才能を活かして頂きたいと、神殿の方から打診がありましたからね。本当は人の選別はこちらの仕事なんですけど、何かもう仕方ないですよね。」
「まったくありがたいです!」
皮肉めいた口調だったにも拘らず、男は感動したように面接官の手をとりました。
面接官はそのままぶつぶつと内部の対立めいたものについて口にしているようですが、
男の方は聞いていません。急に声を上げました。

「―――ああ!そうそう、さっきの話ですが」

面接官は顔を上げます。
男は楽しげに笑ったまま、表情の割には淡々と言葉を続けました。
「詩人はどんな決まりごとの中でも、死は訪れると―――そう思いました。
けれど、そうではなかったようなのです」
その声は、だんだんと囁くような小さな響きになります。
しかし聞いているはずの面接官は、特に反応を示しません。
ぼんやりと転寝をしているような態度で、ただ男に掴まれた体勢のまま立ち尽くしています。

「死を乗り越えて、生きているのです!生きているのですよ―――生まれ変わりと言えば、そうではありませんか?」
嬉しそうに男は言います。
面接官の顔色が青くなっていきますが、そのことを気にする様子も無く、
外に出た囚人が自由を満喫するように、密やかに、高らかに、言葉をつむぎます。
「あの方が与えてくださった―――」

「ねえ」

男の独り言は、無表情な娘の声に遮られました。
「その人、動けなくなっちゃうわ」
男は自分の目の前の面接官を見ました。
顔面蒼白で、今にも崩れ落ちそうです。

「おやおや、いけないいけない」
慌てて面接官を椅子に座らせる男です。
「いくらなんでも面接でこればまずいですね、すぐ目を覚ましますかね」
慌てふためく男を手伝う為に立ち上がると、娘は少々困惑したように言いました。
「自分の話を延々としだすなんて、意味が分からないわ」
娘が首を傾げて自身を見ているのに気付き、男は言います。
「それだけ私の中では大きい出来事だったのです、話さずに入られないほどにね」

*

「資質があったということだね。おめでとう」
青年の声がしました。
刃物の一撃で命が失われたと思われた詩人でしたが、
目を覚ますとそこは黄泉の国ではなく青年と少女が座る寝床の脇でした。
傷は既に塞がっており、体が軽いような気すらしました。

詩人の身体はそのままのはずでしたが、
何故かその存在は別の生き物になっていました。
人と触れ合うことで相手の命を吸う生き物に。

まるで何かから開放されたような気分になりました。

*

「そこらじゅうで話されたら困るけど」
娘―――吸血鬼の少女は口を尖らせましたが、すぐにまあいいか、と言うように面接官の様子を確かめだしました。
詩人を何らかの手段で「仲間」にした青年は、彼と彼女に仕えるようにと詩人に言いました。
青年が彼女の側を離れている間、詩人が「父親」と言う触れ込みで、彼女の保護者になります。
詩人を元いた世界から連れ出した一人であり、最初のきっかけ。
「父親って娘に対してそんなに丁寧に喋らないんじゃないの」
少女は振り向きもせずに言います。
「語り部は丁寧に喋るものですよ」
詩人は言いました。
変なの、と少女は微かに笑いました。

詩人は少女を眺めながら考えます。
青年も少女も、昔話で言えば主人公なのだと。
さまざまな人々が持つさまざまな決まりごとの中で、そういう細々したものが霞んで見えるような、強烈な異質なもの。
多分そういうものを詩人は探してきたのです。
未だ新しい自分に慣れず、食事の加減も大変な詩人でしたが、とても楽しく満ち足りていました。
物語の中で探していた別の次元を、これからは自分の目で見て行けるのですから。

詩人の男は、だから晴れ晴れと―――幸せそうに笑いました。


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