NOVEL

庭の話 b

お城の片隅には薔薇の花がいっぱいに咲いた庭園がありました。
小さな庭でしたが、その分密度がすごいのです。
庭の主は堅そうな鉄の椅子の上に、柔らかそうな敷き布を幾枚も重ねて座っていました。
少年はその前で、鉄の椅子にそのまま腰掛けていました。

「そんなところに座らせていたら妾が怒られてしまうね」
庭の主は言いました。
「なにせ坊は王さまだものね」
「まだあなたの夫が王さまだ」
少年はむせかえるような花の香りに顔をしかめたまま言いました。
庭の主は少々年をとっていましたが、美しい女の人でした。
白い肌に綺麗な金色の髪をしており、猫のような瞳が可愛らしい印象を人に与えました。

「王さまも、ここに来るのですか」
少年は使い慣れない丁寧な言葉で、訥々と尋ねました。
「王さまはここには来ないの」
庭の主は微笑みました。
「実際のところ、もう何年もお会いしてないのね」

「お二人は夫婦なのだろう」
少年は不思議そうな顔をしました。
庭の主は頷きました。少年はあまり聞いてはいけないことだったかもしれないと今更ながらに思いましたが、
庭の主は特に気にしていないようです。にやにやと笑いながら少年の方を見ました。
「あの方も妾もそういう人間なの」
少年は理解しにくい様子でしたが、それでも一緒にいて殺し合ったりするよりはましだろう、と思いなおしました。
しばらく考え込んだ後、口を開きます。
「王さまはどんな方ですか?私と似ていますか?」

庭の主は少し考えた後、そんなこと言われても、妾が初めて会ったときあの方はもうおじさんだったんだよ、と言いました。
似ているところを探すのは難しいようでした。
「王さまらしくするにはどうしたら良いのだろう」
少年は言いました。

庭の主は可愛らしい感じに首を傾げると、
「別に人それぞれで良いのではないの?」とあっけらかんと言いました。
「選ばれたというそれ自体が王さまなのではないの」
どこから出したのか、植木用の鋏をくるくると回しながら、さも単純なことのようにそう言いました。

「しかしそれだけでは駄目なような気がするのだ……です」
少年は無理やり丁寧に言うと、椅子の手に頬杖をついて考え込むようにしました。
庭の主はしばらくそれを目を丸くして見ていましたが、うんうんと頷くといいました。

「駄目だったら淘汰されるから心配はいらない」
庭の主の不思議な言葉に、少年はきょとんとしました。それを見て、庭の主はなおも続けます。
「王さまにふさわしくなければ何かが起こる」
「起こる?」
「何も起こらなければ、王さまとして坊が認められたということね」
少年は興味深げにその言葉を聞き、胸の中で反芻しました。
そして尋ねました。

「誰がふさわしくないというのです?民ですか」
その部分をどうやら考えていなかったらしく、
庭の主は目をぱちぱちとしましたが、ちょっと考えてから答えました。
「……世界かな」
「世界」

少年が胡散臭そうな顔をするのを見て、庭の主は困ったように笑いましたが、実際困っていたのです。
本当は他にも、思いついた言葉があったのですが、
その言葉はやっぱり王さまを評価するにはふさわしくない言葉でもあったのです。
それはつまり、神さまという。
王さまに殺されて、呪いをかけた、神さまという。

inserted by FC2 system