story

黒い樹の器と職人の話 * 20

職人は家を出て、日の当たる場所でまた細工物を作っていました。
近くに住む裕福な村人に頼まれた仕事が一つ終わり、あまり考え込みもせずものが作れるひと時です。
御子さまのお嫁さんの具合は良くなり、河の荒れも収まりました。
謝礼を持ってきたときの使者の男の話によると、これでもう安泰です、とのこと。
もう一つの懸念事項であったらしい、古い力を扱う人々とも、関係は良好だということでした。
この土地の特色として、そういう古い力を大切にしていくことを、御子さまと大巫女さまが約束したのだそうです。
失踪の後戻ってきた大巫女さまは古い力の扱い方を周りの人々に教えながら、居なかった時間の穴埋めを一生懸命しているようでした。
なんにせよ、社の中は落ち着きつつあるようです。

職人の家も、暫くは黒い樹の器について聞きたがった色々の人々に賑やかされていましたが、それもやっとおさまって、平和な時間を過ごしています。
「何を作ろうか。何になりたい?」
職人は呟きました。そして少し目を閉じました。
それからおもむろに手を上げると、ものを作るための素材を取り出しました。
それは艶のある真っ黒いもので、とてもとても硬いのでしたが、職人が触れていると樹の塊のように扱いやすくなっていくのでした。

括媛のための力の器を作ってからというもの、
黒い樹の欠片と職人は、なぜか意思の疎通が出来るようになりました。
やっと本当に彼の腕が黒い樹の欠片に認められたということでしょうか。
体力の消耗も激しくなく、人の念の籠もりやすい不思議な品物を作れるようになったのです。
―――もちろんそんなに多く作れるわけではなく、職人の念じ方がうまく行ったときだけですが。

「また鳥か」
好きだね、と職人は言います。
黒い樹の欠片は笑っているようでした。
お前の望みは何だ、と黒い樹の欠片が尋ねます。
職人は答えませんでしたが、手は動かし続けています。
小鳥が一羽完成すると、それはすぐに生き物のように羽ばたいて、遠く空の向こうへ飛んでいってしまいました。

「すごいことになってきたなあ」
最近はこんな風に、常識では説明のつかないことが起こります。
周りからの目も少し厳しくなってきたように思います。気味が悪いのでしょう。

「離れ時なのかもしれない」

職人は思います。
お前の望みは何だ、という黒い樹の欠片。
小鳥が飛び去ったのは、職人の村からは見えませんが、大きな建物のある方角でした。
この地を統べる王さまの御子がおわす大きな社。
そして彼女のいるところ。



社では今日も花が咲き、そして散っていきます。
黒い樹と地面との間で、何か世界の元になるような大きなものが、くるくると回っているのです。
しかしその黒い樹の周りに人影は見当たりません。とても大きくて美しい花をいっぱいに咲かせているのですが、何故だかあまり近寄る気になる人は居ないようなのです。
ただ木の根元のくぼみに隠れるように、白い面を着けた少女がひとり座っているだけでした。

少女は何かを待っているようで、時々きょろきょろ辺りを見回してみたり、耳を澄ませてみたりしています。
しかし何もやってはこず、また目を伏せて座り込んでから、ここに来てどのくらい経ったかと考えたりしているのでした。
と、そんな彼女の前をせかせかとした足取りで横切った人物が。

「ああ、大巫女さまそんなところで何してるんですか」
少女の纏う鮮やかな衣装にすぐに気付いた王さまの息子の使者の男は、そんな風に声を掛けました。
「ちょっと休んでいるだけだ。……あなたこそそんなに急いで何処へ行く」
「私は部屋を作ってるんです」
古い力を扱う者たちと王さまの息子派の関係も今は良いので、使者の男の態度も以前より良好です。
彼は肩に担いだ敷き布やら食器やらを掲げるようにして見せました。
大巫女の少女は不思議そうに首を傾げます。
「別邸でも作るのか」

「何言ってるんですか、カガトミさんを呼び寄せるんですよ」

少女は目を丸くしました。面をつけているので、使者の男には分かりませんでしたが。
「そんな話は私は聞いてないぞ!」
「彼を呼ぶのにあなたの了解が必要なのですか?」
使者の男は軽く笑って言いました。
少女はぐっと言いたいことを飲み込んだようでしたが、混乱した頭で問いかけます。

「そんなこといつ決まったのだ」
「私が勝手に決めたんですが、さっき。
主様も良いと仰いました」
「……それじゃまだカガトミが来ると決まった訳ではないのではないか!」
「え?そうですか?」
思わず声を上げる大巫女の少女に、使者の男は言います。

「きっと来てくれると思いますよ。
ここはこの地の中心である社です。入って損はありませんし」
特に相手の事情を鑑みる主義ではないらしい彼は、荷物を背負い直すと、
大巫女の少女の方を見て片目を瞑りました。
「個人的にも来たい理由があるんじゃないですか?」

大巫女の少女がきょとんとして歩み去る使者の男の背中を眺めていると、
足元に黒い影が映って彼女の視線を攫います。
空を見上げれば、待ち焦がれた黒い小鳥でした。
少しの間共に過ごした職人が、黒い樹の欠片から削りだした、生き物のように羽ばたく小鳥。
時折彼女の元へ飛んでくるそれが会いたいと言ってくれているようで、
少女はこっそり頬を緩ませると、大事にしまって持って帰るのでした。

黒い樹の花が舞う大きな社の中に、またひとり住人が増えるまで、もう少し。

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