森の中の話


彼は森の中に住んでいました。

王さまが現れて世界を自分たちのものにしても、
森の中はまだ古い世界のまま巡っていました。
森の中の彼は彼らであり、彼女らでもあり、森に住むものでもあり、また森そのものでもありました。
彼は形の無いもので、色々なものと繋がりあい離れ、そしてまたゆらゆら漂いながら森の中を巡っていました。

ある日彼は不思議なものを見つけました。
それは白く光る美しいもので、暗く美しい森を優しく照らしました。
光は何者をも寄せ付けないようでいて、またひどく寂しそうにも見えました。
彼はそれを手に入れればとても素敵なことになると思いましたが、
彼の中の一部はそんなものはいらないと言いました。

彼の存在は大きく、そして大雑把だったので、とりあえずその一部が白い光に手を出します。
「やはりこれは素敵なものだよ」
彼は言いました。
「これを手に入れれば私たちは大きく力強くなれるよ」
しかし彼の一部は言いました。
「そんなものいらないわ」
頑なに白いものを拒んで、こう言いました。
「なんだか嫌な予感がするもの。それは手に入れるには良くないものだわ」

意見が分かれたせいか、彼らは二つに分かれました。
白い光を拒んだ彼女はゆるゆるとまた森に溶け込んでいきましたが、
白い光を手に入れた彼はそうしませんでした。
彼は白い光をぱくりと飲み込みました。
すると、今まで細かすぎて気にも留めなかったことがくっきりと分かるようになってきました。

彼は彼が特別な彼であることが分かりましたし、
彼の住む森が世界の一部だと言うことも、その世界が今誰のものなのかも分かりました。
彼はそれまでよりもはっきりとした意思を持って世の中を見ることが出来るようになりました。

「何かきっと新しい素敵なことが出来るに違いない」
彼はそう言って喜びましたが、そのことについて誰かと何かを分かち合おうとしても、彼と通じ合えるものは誰もいませんでした。
彼はあまりに彼自身をはっきりさせてしまったので、以前のようにまるっきり森の中に溶け込むことは、もはや出来なくなってしまっていたのです。
森とのつながりも世界とのつながりも、いずれは途切れる一時的なものとしてしか感じられなくなりました。

少し困った彼は、自分と一つだった彼女に向かって呼びかけました。
「君はいる?そこにいる?」
けれど大雑把な彼女には、そもそも彼と彼女というような認識が無いものですから、君と言われてもよくわかりません。とりあえず呼ばれたことは分かったようで、彼のことをやわらかく包み込みましたが、飽きるとすぐまたどこかへ行ってしまいました。
彼は自分がそういうものになったことを理解して、少々困りながらも気にしないことにしました。

森の中はまだ古い世界のまま巡っていました。
彼と彼女はお互いのことを忘れてしまいました。

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