story

常世の織物と旅人の話 *4

さて。
王さまはその頃、大変ご満悦な様子で玉座に腰掛けていました。
先日の立腹が嘘のようでしたが、王族というのは大体切り替えが早い人たちなのです。
王さまの向かいには、長い一枚のタペストリが吊り下げられていました。

「東の市場で購入したものです」
月読の大臣が言いました。
「常世の国を描いたタペストリですね」
「動き出しそうだ」
王さまは思わず呟きました。
常世の国は、空想上の場所でした。四季が同じところにあり、山奥にあるとか、死後の世界だとか言われていました。
鮮やかで艶のある糸で織られたこの織物は、
そんな伝説を思い出させる豊かな村を写し取ったもののようです。
四季折々の花や果物、鳥や動物などが同じ画面の上に生き生きと表され、見ている人々を心地よくさせました。
ところどころに小さな家があり、煙突から白い煙を上げています。



「これを織った者ならば、きっと素晴らしい国を織り上げてくれるだろう」
王さまは嬉しそうに言いました。
「皆が良い気分になるぞ」
「そうなのですがね、王さま」
無邪気なまでに喜ぶ王さまに、月読の大臣は特に躊躇いも無く言いました。
「ちょっと問題がありまして」
「なんだって」
王さまは目をむいて言いました。
「これを売っていた店の者にこの織物の仕入先を聞いたのですが」
大臣は低い声で、淡々と言いました。
「これを私たちに売った店の誰も、誰から買ったのか思い出せないというのです」

織物を売った商人がいたことは、買った人間が覚えていました。
しかしどんな人だったかというと、それがどうしても思い出せないというのです。
どんな容姿だったかはもちろんのこと、
男だったか女だったか、若者だったか老人だったかすら曖昧です。
「とりあえず聞き込みや織物の調査から調べてみますが」
問題は次々にわくものです。王さまは険しい顔になりました。

*

「……そういえば、綾目の大臣もここ2,3日寄ってこないな」
「ああ綾目の大臣なら」
月読の大臣は言いました。
「年越しの祭の準備で忙しい時期でしょう」
「祭のか」
「落ち着いたら溜まりたまった資料を届けにくるでしょうね」
「……」




*

結婚とか何とかそんなものを語る時、
王さまは少し落ち込んだようになるのでした。
王さまが憂鬱そうに件のタペストリに目をやったときです。
急に彼の動きが止まりました。
それに気づいた月読の大臣も目を向けます。
タペストリの横に、娘が一人立っていました。

今の今まで王さまも大臣も、彼女の存在にまったく気づきませんでした。
玉座がある広間には見張りが立っています。彼らも気づいた様子はありません。
娘は二人の視線に気づくとびくりと身を震わせて、
それからおずおずと口を開きました。
「あ、あの、この織物なんですけど……」
しかし返事はありません。
王さまと大臣が戸惑っていることに気づいた娘は怖くなったらしく、
くるりと身を翻して走り出しました。
我に返った王さまが、
「待て、その織物について何か知っているのか」
大きな声で尋ねると、娘は急いで―――
壁に向かって、突っ込みました。
壁がゆるりと震えます。
そしてその中に娘はするりと入り込み、
呆然とした王さまと大臣だけが残されました。




*

綾目の大臣は、年越しの祭の準備で大わらわでした。
年越しの祭では、城下の人間がお城を訪れてみんなでキャンドルを灯したり、花火を上げたりして新年を祝います。
お店が出たり劇が演じられたりして、たいへん賑やかになりますが、準備もまた大規模です。
今年大臣になって王宮に来たばかりの大臣は、悪戦苦闘していました。

「だーいじーんさまー」
そんな大臣に声をかけたのは、綾目の一人、メーテルリンクです。
メーテルリンクは、一般人のための占い師でした。王宮内で占い師と呼ばれる「占い師」と違い、失せものや縁起の良い方角、夢占いなど、日常のこまごましたことに答えたりします。
他にも王宮内でごろごろしたり、偉い人と仲良くしたりするのが仕事だったので、それなりに情報通でした。
ついでに大臣とは学生時代からの友人でした。
「大臣になって早々ごたごたしますねえ」
「本当に」
綾目の大臣は困ったように答えました。
「せめて先代が陛下の結婚のことだけでも進めておいてくださればよかったのだが」
「辞めて3ヶ月くらい経っても忘れてて、先月聞いたんだよねえ」
「……」
そんなことを考えても仕方がないので、大臣は黙々と作業を進めます。
「だいじんさまー」
「さま付けするな」
「壁抜けの娘が現れたんだってー」
メーテルリンクの不思議な言葉に、大臣は目を瞬かせます。
「壁抜け?」
「どうやら例の織物に関わりのある娘のようだけど、壁の中に吸い込まれたとか。
 王さまと月読さまが目撃したんだって」
逃げる際に娘が落としたスカーフの素材や織り方は、件のタペストリに通ずるところがあったようです。
織師探し部隊は、その方面からも聞き込みを開始したということでした。
「なんかあまり詳しくは覚えてないみたいだけど、
 猫のような丸い瞳の、なかなか可愛らしい娘だったようだよ」
「それは陛下が仰ったのか?」
綾目の大臣は戸惑いながらも、真剣な顔で尋ねます。
メーテルリンクはにっこり微笑みました。


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