NOVEL

黒い樹の下の話


―――という話。

そんな風に話を締めくくった相手を、少女は寝床に転がりながら眺めた。
「物騒というより、かわいそうな話だった」
少女は言った。
「あとなんか良くわかんなかった」
「そうか」
話し手はちょっとしょんぼりして言った。多分自分の説明力に自信を失くしたのだろう。
聞き手だった少女の理解力が足りないとは決して思わないのだ。
大体の悪いことは自分のせいにしてしまう傾向が、この語り手かつ少女の同室の女の子―――サーシャにはある、と少女は思っていた。

「何で里長の息子は太陽になるの」
少女が尋ねれば、語り手はちょっと頷いて、言った。
「太陽って多分、その時代の権力者のことなんだ」
そう書いてあるわけではないけれど。文献をぱさぱさと振りながらそう言う。
「最初の里長様から三代ほど後の時代の話のようなんだ。
その頃日照りで大変だったみたいなんだけど、丁度ここで利権を得ようとしてやって来た王族の人たちと当時の里長様が里の暮らしをそっちのけで争っていたらしい」
「それでそれがそんな話になったと」
「そういうこと」
少女が良く分からない相槌を返すと、サーシャはにっこりした。

「だから里長様はね、天災や利権争いや残酷なまじないとかから民を守るように言い聞かせられて育つんだよ」
そういう彼女は少し嬉しそうだ。彼女は里長の家に仕える家の娘だから、主の善い心掛けが誇らしいのだろう。年の割に落ち着いた感じの娘なので、こんな表情を見せられると少し微笑ましい気持ちになる。
「ミカちゃんから聞いたの?」
少女が笑いながら言うと、サーシャはなんだかどぎまぎした様子で頷く。
そして、「次の里長様をそんな風に呼ぶのは良くないよ」とか何とか言った。

「でも今まじない関係は大巫女様の管轄になっちゃってるよね」
少女は言う。
「里長様には手を出し辛いんじゃない?」
その通りだったようで、サーシャは若干表情を曇らせる。
「一応定期的に情報交換をしたり、里長様と大巫女様同士で行き来はしているみたいだけど……この学び舎の管理とか人の割り当てとかも神殿が大体やってるみたいだしね。向こうからがどれほどかは分からないが、里長側からは大分、神殿の中が不透明になっているようだよ」
「だろうね」
大巫女様は里長の了解を得ないで、幾人もの余所者を神殿内に引っ張りいれているしね。
浮かない顔の友人に聞こえないように、心の中だけで少女は頷いた。

そんな少女の胸のうちも知らず、
「でも若彦様も大変強い力をお持ちだから」
サーシャはまたほんの少し誇らしそうに言うのだった。
「生贄とかそんな、大掛かりなまじないがあったら気付くと仰っていたよ」
「ふうん」
少女は感心したように言った。
「命を吸わせるための儀式?」
「そんな感じかな。私には良く分からないけど」
「人間じゃないものに命を吸わせるために、人間を捧げるんだね」
「そういうこと」
淡々と質問を繰り返した少女を、同室の彼女は不思議そうに見つめる。

儀式なんて必要ないことに、里長の家は本当に気付いていないのだろうか、と少女は思う。
今回の学び舎の部屋割りが、神殿上部直々の指示だということも知らないのだろうか。
自分たちの家に仕える家の者が、どんな状況にあるかも知らないのだろうか。
大巫女は知っている。世の中にはわざわざ捧げなくとも近寄ってきて命を吸う生き物がいるし、しかも結構身近にいるし、そんな生き物とずっと一緒にいることが、危険であると知っている。
例えば同じ部屋で暮らしているとか。

「生贄、かわいそう」
少女が枕に頭をぽさりと落として呟くと、
何も知らない同室の彼女は、少し首を傾げて、微笑った。

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