NOVEL

黒い樹と二つの太陽の話

綾目の里がまだ大きくも小さくもなかったころ。
綾目の里には太陽が二つ出来ました。
太陽はいくら優しく光を注いでも、里は焼きつき干上がってしまいました。太陽の光は実際ひとつ分で十分だったのです。

光の矢面に立ったのは里長の息子でした。
優しい性格だった彼は里の皆を守ろうとしましたが、やはり光の強さに負けて、床に臥してしまいました。
一体どうすればいいかと里の一部の人々が話しあいを重ね、
やはり太陽をひとつ葬るべきだということで話がまとまりました。
問題なのはその方法です。あんなものに手出しが出来る者も方法も、誰も知りませんでした。

里にいる人々は次第に弱っていきました。
太陽が盛んに照る下を、木陰とわずかな大地の恵みを求めて、里の真ん中のクラの樹の下までやってきました。クラの樹は相変わらず鮮やかな花をつけ、二つの太陽などものともせずに立ち聳えていました。
黒く硬い幹はひんやりとして、束の間ながら太陽が沈む夜の平穏を思い出させてくれました。
ふと誰かが言いました。
クラの樹のこれほどの力を使えば、太陽のひとつを落とすことが出来るのではないかと。
里の中の古い知識を持つ人々は、かろうじてこの樹がどんな樹なのかを知っていました。
かつては同じ場所に存在するすべての命を吸い尽くさんとしていた、古い古い樹です。
なんとかこの力を自在に使えないか、と人々はいいました。
クラの樹に力を貸してもらえないか、といいました。


床に臥せりながら、里長の息子も頭を悩ませていました。
人々からはあるひとつの案が出ていました。大きな力を持つ人あらざるものの機嫌をとる方法なんて、なぜか、昔から、決まっています。生贄です。
しかし誰を生贄にすれば良いというのでしょう。誰だって嫌がります。
里長の息子は誰かをそんな目に合わせるのはいやでした。
どうしよう、と彼が言葉をこぼしたのは、傍らで彼の世話をしていたひとりの娘でした。
里長の息子を尊敬していた娘は、黙って彼のやつれた顔を眺めました。

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