NOVEL

黄泉の国の蔦の実の話

神さまは、死んだ人たちが生きている人たちと、きちんと分かれていなければならないと思いました。

行ったり来たり、見えたり見えなかったり、では色々大変だからです。
一つの道を作って、そこを下っていくと黄泉の国に行きつくようになりました。
そこでしばし時を過ごすと、大抵の場合いつの間にか、死者たちは消えてしまいます。
身体を失って溶け去ってしまったのか、或いは次の命として生まれ変わって行ったのか、その辺は神さまに聞いてみないと分かりませんが、ともかくそういった仕組みで落ち着いていたのです。

さて、そんな風に 居場所を作ってもらった死者たちですが、それでもやっぱり元居た場所へ戻りたがる者たちは居るものです。
何といっても自分が生きていた頃に愛しく思った物や者たちが、元居た場所には揃っている訳なので。
道を戻っていこうとする死者たちを、神さまはまず言葉で諌めました。
「もうあちらはお前たちの場所ではないよ」
しかし死者たちもはいそうですかとはなりません。
仕方ないので神さまは、川を作ってみたり谷を作ってみたり犬を放してみたりしたのですが、
何故か人間というのは障害があるほど燃え上がる性質らしく、
黄泉からの脱走を図る者が後を絶ちません。

もともと神さまはそう気の長い方ではありませんでした。
腹を立てた神さまは、道の真ん中に草を植えました。
黒い蔓の、くるくると周りに巻きつく草です。表面に細かい毛が生えていて、丸く波打った葉を持っていました。

「いいか」
神さまは言いました。
「この蔦の絡まるところから一歩でも出ようとしたら、お前たちを燃やしてやる。
全く何の跡形も残らなくしてやるよ」

死者たちは困りました。
黄泉の世界からは出たいけれど、失敗したらどんな形でも世界に残れなくなってしまうのです。
時折集団で突っ込んで、2,3人だけでも元居た場所へ戻ろうとする者も現れましたが、
神さまも本気になればやっぱり神さまで、容赦なく全てを無に帰してしまいました。
結果、蔦の絡まるその手前まで来つつも、結局は何も出来ず皆で座り込む、といった姿が良く見られるようになりました。

さて、死者たちは毎日蔦の前に入れ替わり立ち替わりやってきましたが、
ある日不思議なことに気付きました。
黒い蔓の間に、ぽつぽつと黄色い色が見えます。
それは黒い蔦の花の蕾でした。
死者たちが眺めていると、蕾の数は増えて行き、暫くしてたくさんの黄色い花が咲きました。

「これで彼らの気も紛れよう」
神さまは喜びました。花はかわいらしい花でした。
死者たちは黒い蔦の周りに寝そべって、花の色を、微かな香りを、細かい襞のある繊細な質感を、皆で楽しみました。

そのうちに花も落ち、死者たちは残念がりました。
すると、たくさんの花の落ちた後に、一つだけ実が生りました。

「そうだ」
神さまはその実を眺めて言いました。
同じ実が、今の時期は地上でも生っています。
「この実を伝って、一時間だけ地上に戻れるようにしてあげよう」
神さまは言いました。
「ただし、実は一つだけだから、一人だけだよ」

さて、そうなれば争いになるのは目に見えています。
神さまはそう考えて、人選を彼らに任すのはやめました。
「争い事は好きではない」
神さまは言います。
「地上にある同じ蔦の実の中から、ある一つの実を選ぼう。
その実を手に入れた地上の者が、最も会いたいと思っている者だけを、一時間だけ戻れるようにしてあげよう」

そういったわけで、死者たちは祈るように待つことになりました。
毎年毎年、誰かがその一つの実を手に入れて、自分の帰りを望んでくれることを。
神さまがいなくなって、王さまの世になっても、それは続きました。

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