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黒い樹の器と職人の話 * 13

さて、そうして一緒に暮らすことになった二人でしたが、職人はすぐに括媛を連れて来て良かったと思うことになりました。
黒い樹の欠片に取り組み始めてみると、自分ひとりでするときよりも彼女が傍にいるときの方がずっとうまくいくようなのです。
人と他のものとの橋渡しをしてきたというのは伊達ではないようでした。

「簡単に黒い樹の欠片に集中できるような気がする」
「そうか、良かった。
 だったらあとは慣らしていくだけだな」
まずはきちんと細工物が作れるようにならなければなりません。
そして細工物ができる段階になったら、ちゃんと気持ちが反映されるものを作れているか見なければならないのです。
「あんまり大きくなくて、効果の分かりやすいものが良いな」
「簪とか作ろうか」

職人は簪を数本作ると、丁度良いので彼が住んでいる村の集会所へ持って行くことにしました。
集会所には大体村長とその他諸々沢山の村人がいます。
とりあえず暫くはここに住むのだろうから、括媛を村長に紹介しなければと思っていたのです。
まだ素顔で人前に出るのに慣れないらしい少女を説き伏せて連れ出すと、
職人は村の中心へと向かいました。



村の人々は、職人が社から女の子を連れて来たと知って大変驚きました。
括媛はもう面紗を着けているわけでも豪奢な衣装を纏っているわけでもありませんが、やはりまだ村で見かけられる女の子たちとは雰囲気が違うようです。
おそらくそれは社にいたことよりも大巫女だったことに起因しているのでしょうが、ともかく皆興味津々です。
「これ使ってみて。感想を聞かせて欲しいんだ」
寄ってきた彼らにとりあえず簪を配って気を逸らすと、職人は少女を連れて村長の部屋へ急ぎました。

*

「此度御子さまより請けた仕事で、手伝いをして貰うために暫くここに住むことになります括媛です」
「よろしくお願いします」

二人でぺこりと頭を下げると、人の良さそうな顔をした村長は首を傾げました。
「こちらの媛はどういう方なのだね」
まあ聞かれるだろうと思っていたことです。
職人は社で占いのようなことをしていたのだと答えました。
「今回はまじないのようなものが必要なようなので」
「おや、村のまじない師では不足と言うことか」
「御子さまの方からのお達しですので」
適当に言うと、村長はふむ、と言って二人をじっと眺めました。

「括媛はあちらで女たちに話を聞いてくると良い。
 彼女らにしか分からぬことがあるだろうからね。
 カガトミはここで待っておれ」


*

村長と職人は無言でした。
何だか似たようなことが社の帰り際にもあったぞと職人が思っていると、
だいぶ時間が経った頃、村長は彼に向かって言いました。
「本当に仕事で連れてきたのか?」
「疑わないでくださいよ」
職人は困ったように言いました。
自分でも本当のところはよく分からなかったからです。

「今回の素材は難しくて、専門家が側にいないと心もとないのです」
「そうかね……」
職人の説明に村長は納得したようにも、そうではないようにも見えました。
職人はとりあえず微笑んでみたりしましたが、効果の程は微妙です。

「あまり滅多なものに手を出すのではないぞ。
 辛い目を見るのはおぬし自身だからな」
村長は少しばかり優しい言い方で言いました。
滅多なもの―――については、何を指しているのかはっきりしませんでしたが。

「暫くご迷惑を掛けるかもしれませんが、よろしくお願いします」
職人は村長の意味深な言葉をありがたく頂戴すると、
丁度戻ってきた括媛と一緒に集会所を出ました。




*

道すがら、括媛は眉根を寄せて黙り込んでいました。
「どうした?何か嫌なことでも言われたの?」
心配になった職人が尋ねます。あの辺りにいる人たちは皆親切なので、嫌がらせは受けたりはしないと思っていましたが。
「……私はお前の嫁御だと思われているぞ」
「え?……うわあ」
嫌がらせは無くとも、おせっかいはあったということでしょうか。
確かに年齢を考えればおかしくはなかったのですが、甚だしく勘違いです。

「多分村長様にはちゃんと説明してるから、多分誤解は解いてくれるよ、多分」
「多分過ぎる!」
憤りをこめた声をあげた後、少女は顔を真っ赤にして言いました。
「しかし色々教えてもらったのは良かった」
何を教わったのかと大変不安になる職人です。
修行の中でどんなことを学んできたのかは知りませんが、大巫女暮らしの中ではあまり下々の暮らしについては知ることが少なかったのではないでしょうか。
箱入りも箱入りといえばそんな雰囲気の彼女です。変なことを吹き込まれていないかと職人は恐る恐る少女を眺めましたが、彼女はそれに気づかない様子でした。

「精のつくものを食べさせてやれと言っていたから……多分……料理くらいはできると思う、大巫女に選ばれる前にしたことがある」
「それすごく小さい頃のことじゃないの?」
「掃除洗濯も何とかなろう。ようは祓えば良いのだろう」
「それ多分惜しいけど違う」
「あとはよく分からなかったが、何時でも仕事にはちゃんと付き合えというようなことだったような気がするから、それは大丈夫だな。最初からする気だったから」
「そうだね、というか基本的にそれだけで良いよ」

そんな風にこれからについて話しつつ、二人は並んで帰りましたが―――
家に着いて見てみると、思いがけないことに目を丸くすることになりました。
先程簪を削りだして減ったはずの素材、黒い樹の欠片が、
まるで何事もなかったかのように、まるっきり元のままの大きさに戻っていたからです。

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