story

黒い樹の器と職人の話 * 3

「それは恐らく大巫女でしょう」

職人が翌朝迎えに来た使者に夜の間のことを話すと、彼はそういいました。
「大巫女?」
訪ね返すと、使者は社の上の方へ顔を向けます。
「古い力を扱う者たちの中心人物ですよ。まじないや占いに長けているようです」
そう言われれば、神さまが生きていた頃からの力を大切にし、研究している人々がいる――
というのは職人にも聞き覚えがありました。
変わった才能を持った子どもかが生まれると、そういうところからのお誘いがあったものです。
大巫女については初耳でしたが。

「私も何度か占いをして貰いましたし、
今回も良い方法が無いか聞いてはいますが、
そういえば大巫女には会ったことが無いですね」
使者の男はそう言ったあと、職人の方へ向き直りました。

「そうそう、黒い樹の件ですが」
使者の男は提案をしてきました。職人が樹を削る手段を思い付かなかったのには気付いたようです。
「その正に、古い力を扱う彼らの中には、あの樹を調べている者もいるようです。
 話を聞いてみるとよろしいでしょう」
職人が帰るという展開は、やっぱり無いようでした。

*

「黒い樹は木材ではありません」
と、紹介された例の集まりの者はそう言いました。
使者の男が連れてきたのはまだ若い女で、動きやすそうな着物を身に着けています。見習いの巫女だと言いました。
彼女が言うことには職人も同感だったので、こっそりと頷きました。

「黒い樹が我々に与えるのは地面から吸い上げた命だけ。その他のもの――例えば舞い散った花弁などは、後に残らないでしょう?
もし黒い樹の眼に見える何かそのものが欲しいと思えば、
樹それ自身が与える気にならなければ」

さて、その樹にお願いするような才能は、ごく少数の人間ならば持っているとのことです。
巫女は手に持っていた布を探ると、中から幾つかの鈴が付いた輪を取り出しました。
それを二、三度職人の前で振ります。
さら、と微かな音が鳴りましたが、その他には鈴は沈黙したままでした。
そういう才能に関しては、あなたは見込み無しだ、と巫女は言いました。



「あなたたちの中には、樹と通じ合えるものはいないのか?」
職人が尋ねると、巫女はほんの少し眉根を寄せ、気の毒そうに答えました。
「我らと言えども、今はそれ程の力を持つものは殆どいないのです」
「殆ど、ということは、いないわけではないんだ」
職人はゆっくりと、けれどはぐらかされないよう注意しながら言いました。
巫女は腕組をして職人のことを眺めましたが、小さくため息を吐くといいました。

「大巫女様はそうおいそれと外からの言うことを聞いてくださらない。
諦めなさい」

*

どうしたものか、と思いながら職人が歩いていると、子どもたちがわらわらと集まってきました。
「だれ、だれ」
「あたらしい人?」
問いかけるので、使者の男は職人さんだよ、と答えました。
「広間の細工をした人だ」
「ことりの時計?」
「ことりちゃん」
じゃあねことりちゃん、などとよく分からない別れの言葉を貰ったところで、職人は思い出しました。
そういえば社のために造ったものの中に、時計の飾りがありました。
職人がよく使う、鳥と渦巻きの模様をあしらったそれは、きっと広間とやらに飾ってあるのでしょう。
折角なので見に行ってみましょう、と使者の男が言うので、二人は広間の方へ足を運びました。



「みんなあなたのあの時計が好きですよ」
と、使者の男が言いました。
広間にはいつも色々な人が集まり、音楽を奏でたりその日最後の語らいをしたりしながら、体を休めるようになっているのだそうです。
職人は少し照れると、
「皆でゆったりできるようなところに飾って欲しいと思ってたから、良かった」
と言いました。

職人は使者の男と別れ、自分が与えられた部屋に戻ってきました。一度眠ると大分慣れるものです。
今後についてゆっくり考えようと寝転がると、広場に飾られていた自分の細工物が頭に浮かびます。
一般の人々の団欒の場と言えど、あんな立派なところにあるなんて、何だか変な気分です。
現金なもので、やはり作ったものを手にした人々が好く使ってくれているのを見ると、やはりやる気が出てくる職人でした。
自分の作ったもので、良い気分になる人が増えるなら良いことじゃないか。
職人は思いました。

それに。
彼は首を回して、例の黒い樹の方へ意識を傾けます。
無理やり傷つけるのは憚られますが、やはり一度使ってみたいと思わせるところも、あの美しい樹にはあったのです。
職人は心を決めると、とりあえず後のために、一眠りすることにしました。

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