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川を上って行った少年と大蛇の話 *10

大蛇と合流した蛇の夫婦は、殆んどの首を落とされた主の姿を見て驚愕していました。
しかし間髪入れず、彼らにとっては更に恐ろしいことが起こります。
なんと大蛇の腹の辺りからいきなり炎が吹き出し、
少年と少女が飛び出して来たのです。



少年少女は互いにさっきのまましがみついていたため重なって落下し、非常に痛い思いをしました。
体勢を建て直したサミルは剣を構えます。
すると蛇の夫婦が言いました。
「その剣は我らがすり替えたものだ」
「お前の家の宝ではないぞ。力は使えまい。」
それに対して、先程まで剣とのやりとりをしていた少年少女は微妙な顔をしました。

*

サミルは気の毒そうに、
「うん、あのね、大丈夫だよ」
夫婦とその向こうの大蛇に対して言いました。
「選ばれた人間が傍にいれば、力はそちらに宿るものだから」
言い終わると少年は跳ね上がりました。
蛇夫婦を蹴散らし、まっすぐ大蛇の残り一本の首へ。



「あなただって昔は壊すだけではなかった筈だ」
少年は小さく語りかけながら剣を振り上げました。
「あなたはこの地を守っていたのだし―――彼女のことだって、生んだのだから」

きしり。
サミルは自分の言葉に大蛇が嗤ったような気がしました。
剣を降り下ろすと、胴体から離れた首はぼとりと地面に落ちました。



*

同時に川の方から轟音が響きます。
中途半端に塞き止められていた川が、勢いよく水を溢れさせたのです。
水が迫ってくると、サミルはおもむろに剣を地面に突き立てました。
サミルと少女を避け、水はすべてを押し流します。社も、蛇の体も、何もかも。



「流れてしまったわ……」
親と思ったことはないと言ってはいましたが、少女はほんの少しだけ悲しげに呟きました。
しばらく二人は水の中で佇んでいました。
「これも、剣の力なの?」
「これは僕の」
少女の問いに少年は答えます。
「水の性がないとあの剣は扱えないから」
二人の周りでだけ、川の水は緩やかに楽しげに流れていきます。
まるで主を守るかのように。

*

二人からすでに遥か下流、流れの中で声が聞こえます。
「大蛇は混沌より生まれ、混沌に還る」
落とされた大蛇の真ん中の首が唄っているのでした。
「しかし」
真っ赤な眼と口を開き、笑っていました。
「まだわたしは遊び足りない!」
濁流から白っぽい何かが飛び出し、けたたましく笑いました。
それは勢いよく跳ね回りながら、山の奥へと入っていき―――どこかへ消えてしまいました。



頭が飛び出したとき、大蛇の尾を弾いて流れの外に出しました。
尾は白い小さな蛇の姿になりましたが、やはり山の奥へ消えてしまいました。

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