story

川を上って行った少年と大蛇の話 *8

迫ってくる首をくるりと避けると、
少年は大蛇の顎の下から剣を突きあげます。
櫛に姿をやつしていた少女は、今まで見た人々が傷一つつけられなかった大蛇の皮膚を、少年の剣が切り裂いていくのを見て驚きました。
首たちも驚きました。見る見るうちに首が一つ落とされたからです。
あるものは笑い、あるものは呻きながらサミルの方へ向ってきました。



「これは何か違うもの」
「人ではない力を持っている」
最早気を抜くこともなく向かってくる首たちを眺め、
サミルは楽しそうに剣を構えます。
彼は人とは思えないほど素早く動き、小さな体には異常ともいえる力をふるいました。
それに加え、大蛇の首たちは体が重くなっていることに気付きました。
後ろを見れば、酒に飛びついた首たちがぐったりと体に引き摺られています。
老夫婦が用意した酒の中に、サミルが持っていた薬草を浸けたのでした。
「蛇用のマタタビみたいなものだけど」
サミルは肩をすくめて言いました。
「身内に蛇マニアがいてよかったよ」

*

「大蛇だったらお前も行けばよかったのに」
王宮にて、姉姫が弟王子に言いました。
「私が好きなのはこの一本紐のような体だ」
末っ子に餞別の薬を渡した蛇マニアでした。
「サミルはうまくやっているかな」
「あそこの大蛇はもともと水の神だ」
若干心配そうな問いに淡々とした答え。
「だがもう川を統べる力もないらしい。まともな思考力もあまり無いらしい……
ばらばらになった力を破壊にしか向けてないのだから、
サミルならば力で押せるだろう」



「おやおや、あまり神たるものをなめない方がよろしいですよ」
飄々とした口ぶりで会話に入ってきたのは、
王宮に昔からいる占い師でした。
その発言力は時と場合によっては絶大だったりするので
ザラもルキも口を噤んで続きを促します。
「サミルさまはまだお若いですし、力では何とかなっても―――
もっと別の方向で働きかけられたら、それなりに危ないことになるのではないかと思いますよ」


*

サミルはくるくると跳ね、剣を振い、蛇の身体を断っていきました。
ふとすると自分が何の為に斬っているのかわからなくなりそうな勢いです。
彼が剣をふるう度、剣は長く大きくなり、
蛇だけではなく社も岩も壊しました。
王族にはそういう性質があることを彼は知っていました。
目的のない、無邪気ともいえる破壊衝動。



蛇の血にまみれて斬りまわり、気付けば動く首はなくなっていました。
壊して、どうするんだっけ。
サミルが考え込んだ瞬間、目の前にあった首がかっと眼を見開きました。
他の七首よりも大きく赤く輝く鬼灯の瞳。
「―――あ」
その目よりも血濡れのサミルよりも、大きく真っ赤な口が開いたかと思うと、
サミルはぱっくりと呑み込まれ、辺りは静寂に包まれました。

*

サミルは暗闇の中で周りを見回しました。しかし、自分の手すら見えません。
困ったところで、サミルの耳に声が響いてきました。
「大丈夫、大丈夫だよそんなに困らなくても」
笑みを含んだような、愉しげな若い男の声でした。
「君と私は同じだよ。
今まで来た人間の中で君が一番質が高い」
「質?」
ぼんやりと少年が尋ねると、声が返しました。
「壊すことだよ」



「ただ壊すこと、愉しいことだよ!」
声は続けます。
「この世にあるものすべて、叩いて奪って飲み込んでしまうんだ!
創造主がつくった仕組みも、産み出されたすべても」
そうだ、斬るのは楽しい。
サミルは首をかしげました。
でもまだ何かあった気がするんだけど……
考えようにも、頭も体もどこかへ行ってしまったような感じです。
そもそも僕は、とサミルは言葉を浮かべました。
本当に居たのかな?



そう思った瞬間、頭の辺りに鋭い痛みが走りました。

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