story

川を上って行った少年と大蛇の話 *6

するり。
少女が頭に結われた黒髪と布を解くと、
そこに現れたのは緩やかに弧を描く二股の二本の角でした。
「私は、大蛇が人の娘に産ませた子供なの」
少女は少年の眼を見つめながら言いました。
「強い人を誘き寄せるための、餌なのよ」



少女はシステムについて話し出しました。
老夫婦が旅人を呼び止め、少女の可哀想な話で引き付け、大蛇に喰わせる流れです。
物心ついてから少女は老夫婦に隠れてなんとか旅人たちを逃がそうとしましたが、
あるいは聞く耳を持たず、あるいは逃げ遅れ、ということで皆大蛇に喰われてしまったのでした。
「ここまで付いて来たのは初めてだけど」
櫛に変身したり霧を作ったりで若干疲れた少女は、
それでも力一杯少年を引っ張りました。
「私はあなたなら逃げられるような気がするの」

*



しかし少年は首を振りました。
「どうして」
「君は僕が君のお父さんを倒したら嫌かな」
「大蛇を親だなんて思ったことはないわ」
「だったら」
少年は微笑みました。
「まず僕は君をこのシステムから解放したい」
少女は困った顔をしました。
「それに―――これは僕の壊したいものを壊すことにも繋がる気がするから」
「壊したいもの……?」
「僕は」
少年は珍しく真剣な顔になって言いました。
「僕の運命も壊したい」


*

サミルは初めて自らについて明かし始めました。
「僕の血筋は呪いをうけてるんだってさ。
遠い昔、ご先祖の創造主殺しの報いでね」
「呪い……?」
「必ず殺されて人生が終わる」
しかも相手は自分が心を許した相手だって、とサミルはちょっと皮肉っぽく笑って言いました。
「姉さんも兄さんも他の人たちも、やけに素直に信じてるんだよね。
思い悩んでる人もいないから、単に深く考えていないだけかもしれないけど」
「ちょ、ちょっと待って」
少女は呆然として話を聞いていましたが、不意に慌てた様子で尋ねました。
「創造主殺しの呪いって蛇たちに聞いたことがあるけれど、
 まさかあなたつまり」
「つまり?」
「王族……なの?」
少年はこくりと頷きました。



王家には3つの宝物が伝えられていました。
もともと神さまが自分の作った者たちに与えていたそれは、
たまごと剣と首飾り。
王家の人々は生まれたときに、それぞれの宝物に選ばれます。
「僕を選んだのは剣。
断つ力を制御する者として、斬って―――断ち切りたいんだよ」

あえて人と無防備に接して、古の神殺しも遂行するというのが、少年のスタイルなのです。
「それに単に王子としても、国の中でごたごたが起こっていた場合、
早く解決した方が良いかなあと思って」


*

真剣な話なのにやっぱりノリが重くなりきらないことを不思議がりつつ
少女は最後にひと押ししてみようと思いました。
「川の向こうに行けば人の村があるわ。
そこでもうちょっと考えてからにしてみたら」
「だって橋落としちゃったし」
少女は目をむきました。
「あなた自分で自分の退路を断っちゃったの?」
「背水の陣だね」
「もう……」
少女ががっくりした様子なので、少年は少しすまなそうな顔で言いました。
「見たくないなら君は帰ってもいいよ」
「そんなのは厭だわ」
少女は怒ったように言いました。
「ここまで来たんだから一緒にいくわよ。
さっき蛇たちをまいちゃった時点で私だって帰れないんだから、一蓮托生よ!」




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