story

川を上って行った少年と大蛇の話 *4

一夜明けて、サミルは蛇退治の準備を始めました。
「橋は落としちゃったし、こっちから蛇の所へはいけないね」
もっともな確認事項でしたが、老夫婦は何故か慌てた様子で
「蛇は川を越えるでしょう。
そうしたらおそらく毎年生贄が捧げられる場所にやってくると思います。
そこに仕掛けをなさってはどうですか?」



そんな挙動不審さにもサミルは不思議そうな顔をしただけで、
「仕掛けってどんなこと?」
と尋ねました。
「よくこういう話にはあるではありませんか、
 人のように小さいものが大きなものを倒すための仕掛けが」
「酒をたくさん飲ませるのが良いでしょう。
 酔っ払ったところをあなたの剣で叩くのです。」
そういう手はあまり使ったことの無いサミルでしたが、老夫婦が強固に勧めてくるので採用することにしました。

「そんなにお酒飲むのかなあ……」

*

喜び勇んで酒の用意をする老夫婦と、それを手伝ったり剣を手入れしたりするサミル。
そんな様子を面白くなさそうな顔で見ているのは渦中にいる筈の少女でした。
彼女も老夫婦に言われて支度を手伝ってはいましたが、
老夫婦の眼が離れた所で幾度もサミルを説得するのでした。


「やっぱりだめだわ、早く逃げなきゃ」
「何でそんなに嫌がるのかなあ」
「あなたが楽天的過ぎるのよ、大蛇の力も知らないで」
「君も僕の力を知らないでしょ?」

サミルがにっこりして言ったので、少女はちょっと口を噤みました。
「大丈夫だよ、僕まだ毎年恒例の結婚の話とか聞いてないし、お嫁さんになれとか言わないよ」
毎年助けてくれたらお嫁さんプレゼント企画があるようです。
「別にそんなのを気にしてるんじゃないわよ!
 ていうか聞いてないなら何で知ってるのよ!」
「あちゃ、そうか」
「もう……」
話の進まなさに少女がげんなりした隙に、サミルは老夫婦の方へ行ってしまいました。

「そんな話じゃないわ」

少女は誰にも聞こえないように呟きました。

「そんなことじゃないのに……」


*

機嫌を損ねたのか、それから少女はサミルと口をきいてくれなくなってしまいました。
少年は少し残念な気持ちでしたが、とりあえずアルコール度数の高い酒を集めるのに専念することにしました。



老人に剣の手入れもしてもらいました。
「これはなにか名のある剣なのですか?」
老人の問いに少年は答えました。
「姉さんから借りた家に伝わる剣なんだ。
この剣に伝えられてる力で、僕たちは戦ってきたんだよ」

*

祀りの場に酒を置くのは土地勘のある老夫婦がしておいてくれるというので、
サミルは剣だけを持って向かうことになりました。
遠目に少女に見えるよう、髪を結い上げ、少女に借りた衣を一枚羽織ります。
そんなふうに身支度を整えていると、
衣の下になにか置いてあるのに気付きました。
「御守りがわりに持って行ってください」



置き手紙と一緒にあったそれは、綺麗な黒塗りの櫛でした。
置き手紙の場所ややり口から察するに、少女が用意してくれたもののようです。
サミルは楽しげに笑うと、「冷たいんだか、優しいんだか」
小さく呟きました。

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