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常世の織物と旅人の話 *12

「北の塔ってこの辺りかな」
大臣から場所を聞いた旅人さんたちは、花火のある場所を開こうとします。
が、もともとそんなに思った場所へ出られるわけではないので、
出ては伺いまた戻り、ぼこぼこと空間に穴を開けながらの作業になりました。
当然道も不安定になるようです。

「あ、これかな」
何度目かの出口を覗き込んだ旅人さんの声に、
綾目の大臣が確認に向かいます。
「ああこれだ。この部屋も侵食が進んでいるな。急がねば……」
異邦人たちはより花火に近付きやすい位置を探そうと、部屋の中に更にいくつか出口を開こうとします。
と、そこで。

ぐにゃり。

「―――ひゃ」
声を上げたのは三つ子の壁抜けの娘の一人。
一番妹ということになっている、いつも泣きそうな娘でした。
彼女の前に意図したものよりも広く大きくぽっかりと、道の外への出口が開きます。
しかしそこは黒いもので溢れた部屋でした。
娘の足に黒いものが絡みつきます。
兄姉たちは道を支えるのに手一杯です。
大臣と少女が慌てて末の娘を引っ張りますが、もやもやとした実体のないものに見える黒いものは、恐ろしい引力を持っているようでした。
末の娘が声にならない悲鳴を上げたとき、
娘の腕を掴んだ者がいます。
若い王さまでした。



「掴まえておけ!」
大臣たちに娘を投げると、王さまは腰の剣を抜いて黒いものに斬りかかります。
一閃、二閃。少し力が緩んだ黒いものから娘を引きずり出して、
「陛下―――」
綾目の大臣が顔を上げたときには、もう王さまの姿はありませんでした。

*

「あ、あのひと……」
少女と助けられた末の娘が泣きそうな顔をします。
綾目の大臣は青い顔をしつつも、二人を抱えるようにして別の出口へと急ぎます。
「お、お菓子を、」
少女が振り回されて絶え絶えの声で言いましたが、
「あの量は菓子では間に合わないだろう」
綾目の大臣は短く答えます。
「大丈夫だ……陛下は、絶対に戻ってくる」

花火の傍には黒いものがたむろしていましたが、
残りの菓子をぶちまけて、
とにかく側まで向かいます。

「ここで打ち上げるんじゃ駄目なの?」
「こんなところで上げたら危ないぞ。
 それに、外まで光が届かなければ、また澱が増えて元に戻るだけだ」

しかし、道の様子はもう限界のようで、
十分な量を運び出すのは難しそうです。
もう何分も経たない内に、また黒いものも動き始めるでしょう。
やはりとりあえずでも、この中にいる黒いものを祓わなければなりません。

とりあえず綾目の大臣は女子どもを道の中、旅人さんの後ろに行かせ、
暴発したときになるべく巻き込まれないようにしました。
爆発の最中は道の中に隠れる算段ですが、道自体も穴だらけなので
できる限り遠くに待機します。



「部屋の中で動けるようになったら、
 一人ずつでもいいから花火を運び出して上で上げておくれ。
 部屋の外の通路が使えるようだったら、兵士や女官にも手伝ってもらえるから」
私がいれば自分で頼むけれど、と綾目の大臣はさらりと言いました。
黒いものと爆発が殺しあってくれればいいが。
そんな風に思いながら道から離れた場所で、一玉の花火に火を付ける大臣です。
付けたあと急いで道の方へ走りますが、火はそれよりも早く火薬のほうへ伝わっていきます。
駄目かもしれない、と思ったとき。
花火とは違った方向から、真っ赤な炎が噴出しました。

*

炎は天井を舐め、熱風が吹き付けます。
そしてそのまま、部屋の壁を吹き飛ばしました。
壁と筒と一緒に、弾き飛ばされた花火が宙を舞います。
そして、弾けました。
既に黒いもので殆ど覆われてしまった塔の外で、眩い光と共に大きな音が響きました。

光と音は広間だったところを照らし、屋台を照らし、元々の打ち上げ台を照らします。
もちろん“打ち上げ台”になった部屋の中も明るくしました。
黒いものは固まった糸が解れていく様に、
ゆるゆると細かく細くなり―――さらさらと消えてしまいました。

「ふん」
手に持った剣から赤い炎を揺らめかせ、若い王さまが言いました。
「一発で大した威力だ」
皆ぽかんとして王さまのことを見つめました。
「変な顔をするな」
王さまはやっぱり怒って見せます。

「……自分で戻ってきた」
少女がぽつりと呟くと、王さまはにやりと笑って言いました。
「私を誰だと思っている」



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