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常世の織物と旅人の話 *9

布の隙間から覗くと、大臣も女官たちもつられた周りの人たちも、皆きょろきょろと何かを探しているようです。
旅人さんも少女も目の前に居るのに。

「見えないの……?」
少女が呟くと、
「君は喋っちゃダメだよ」
旅人さんが言いました。
そして、淡々と話だしました。

「主張しなければ見えないんだよ。僕らの村の人はね、何故だか外では極端に存在感が薄いんだ」
なんだか可笑しくて笑ってしまう少女ですが、旅人さんは大真面目です。
「例えば僕が市場に行く。一生懸命商人に話しかけて、ものを売る。
買ってくれた人と暫く喋って、お昼を一緒に食べたりする。意気投合したりする。
それでも別れた瞬間に、大抵の人は僕の存在を忘れてしまうね」
「私には見えてるわ」
「見せようとしてるし、そうだね……君は感覚が鋭い方なのかも」
青年は感慨深げに言いましたが、その声には憂いが含まれていました。
少女は掛ける言葉が見つからず、黙って丸まっていましたが、旅人さんがまたすぐに口を開きました。

「ここに居ても仕方がない。別のところに隠れよう」



旅人さんが一歩踏み出すと、周りの景色がゆらりと歪みました。
少女が目を丸くします。
気付けば二人の周りのものはすべて消え去り、ゆらゆらとゆれる煙のようなもので一杯になっていました。
「なんだか綺麗だわ」
柔らかな色を帯びた光がそこかしこで弾けるのを見て少女はちょっとうっとりしましたが、
旅人さんはあまり見ないように、と言いました。
「ここで止まったらどこにも行けないからね」
そこは、旅人さんの故郷へと繋がる道でした。

「皆この道を使って行き来してるの?」
「まあ大体ね。色んな所に出られるから……といっても、僕たちもこの道を開拓
したのはつい最近なんだけど」
「色んなところに出られる……」
「そう」
旅人さんは肩を竦めました。本人もよく分かってない、と言いたいようです。
「道が繋がるようになったんだ、織物がある近くなら……」

とそこで、旅人さんの言葉を遮って、
「―――兄さん!!」
声が聞こえました。

*

突如道の中に現れたのは、色とりどりの布を体に巻いた、猫のような丸い瞳の娘でした。



「やっと見つけたわ。半年も音信不通なんだもの。皆心配してるわよ!織物は辿れても兄さん自体は辿れないから、どんなに苦労したか……大体18を越えているからってひとりで外を満喫してるだなんて、家で機織りばっかりしてる私たちの身にもなってみると良いわ!」
旅人さんが口を開く前に、矢継ぎ早に言葉を発する娘です。

「あれ、こんなところで何してるんだい」
旅人さんも慣れた対応です。
「兄さんを探しに来たに決まってるでしょ!」
娘はぴしりと言いました。
「交代で兄さんが売り歩いた織物を辿っても、
 兄さんいつも遠くに行った後……だし……ちょっと、懐に何入れてるのよ」
少女は目を白黒させながら、まだ旅人さんに抱えられたままでした。
「懐には入れてないけど、友達だよ」
「友達?友達ができたの?」
少女は羨ましそうに見つめてくる娘にどぎまぎしつつ、尋ねました。
「あの、妹さんですか……?」
「そう、織師なんだ。妹が織って、僕が売りに行って、外にある欲しいものを買ってくる、てかんじだね」
「よろしくね」
娘は言いました。
顔立ちの雰囲気は若干異なるようですが、よく見ると肌や髪の色が旅人さんとよく似ています。
この妹さんにも模様があるのかしら、と少女はぼんやりと考えました。

娘は暫くすると自分が何をしに来たのか思い出したようで、旅人さんに問いました。
「ところで兄さんどうするの、帰るの?」
「帰るっていうか」
避難、という旅人さんの言葉が出る前に、
「帰るんだったらあの子たちも拾っていかなきゃ」
娘が言ってきょろきょろしました。

「今日はなんだか沢山人が集まるって聞いたから、三人で来たんだけど…」

*

少女たちが消えた広場では、ちょっとした騒ぎが起こっていました。
その一角の包囲を崩さずに目標を探す女官たち、
何か変なことが起こっているのを察して集まってくる野次馬たち。
そして人々がごった返す中に、テラスの方から状況を見た王さまと綾目の大臣が駆けつけてきたところでした。

「月読、一体何をやっているのだ!」
王さまは声を張り上げます。
「仕事納めの大捕り物ですよ」
月読の大臣は落ち着いた声で答えました。
「織物の“入手先”に心当たりのありそうな人間に話を聞こうと思いまして」
「黒服の精鋭で一斉包囲してか」
「どうも件の流れ者……織物の売り手が普通ではないようなのでね。
 念には念をと思いまして。
 危険な人物だったら城が滅茶苦茶になってしまうでしょう?」
「しかし祭の最中に、女子ども相手にすることでもないだろう、こんな……」
野次馬たちにまで声が聞こえないように、王さまは声を落として喋ります。
「織物のことは来年もある。
 急がせるような真似をしてすまなかったが―――」
王さまは月読の大臣がそんなに織物の話を進めようとしてくれていたとは思わなかったので、
驚きながらも軽い謝罪を口にしましたが、

「すまなかったが、では駄目です、王さま」

月読の大臣は表面上は穏やかな、しかし揺ぎ無い声で一言発しました。



「王さまはそれではいけません」
月読の大臣は大変冷たい口調で言いました。
「我々の王は、世界の秩序であるべきなのです。
 他の人間の法で動いてはいけません。貴方が法です。
 人間などの都合に合わせてはいけません―――奪ってこその王族です」
「月読殿、」
不穏な発言を危惧した綾目の大臣が話を遮ろうとしますが、
相手は「黙っていてください」とにべもありません。
代わりに王さまが口を開きました。
「そのような振舞いでは国民が黙っていないだろう」
「雷の振舞いに怒る人間がいますか」
どうも月読の大臣の中では、王さまとは自然の摂理とかそういったものと同等の存在のようでした。
「……王族とて人間だ」
「それは、聞き捨てならない発言ですね」
なんとなく大臣と王さまの間で一触即発の空気が生まれたところで、
呑気な声が間に割って入りました。

「あれ、また喧嘩してるところに出ちゃったな」

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