story

常世の織物と旅人の話 *8

少女と旅人さんがてこてこ歩いてお城に着いた頃。
王さまは丁度挨拶を始めた頃でした。
テラスから王さまが何とかかんとか言い終えた後、聞いていた人々は盛大な拍手を送ります。
ぱん、どどんと大きな音が幾度も響き、
空に光の筋が弾けます。最初の花火の始まりでした。

少女と旅人さんは挨拶の間にテラスがある広場まで来ていました。
混み合う道中では先を行く旅人さんが沢山の人とぶつかります。
少女ははらはらしましたが、誰も気にしていないようです。



「あれが王さまなんだ」
テラスの奥へと戻っていく背中を見ながら、感心したように呟く旅人さんです。
「そう、お若い王さまなの」
少女は事情を知らないだろう旅人さんに向かって説明を始めました。
「間にもうちょっと年上の王さま候補がいたら良かったんだけどね、
 いたかと思ったらいなかったんだって」
「いい加減だね」
旅人さんが不思議そうに言って、笑いました。

花火とお喋りに広場の誰しも夢中です。
だから気付きませんでした。
少しずつ黒服の女官が増えていっていることに。
そして彼女たちが円を描きながら、ある一点を中心に集束していっていることに。

*

王さまは無事挨拶も終え、テラスの奥で花火を眺めていました。
その目に昨日から丸一日ほど見かけていなかった姿が映ります。
綾目の大臣でした。
祭の様子を眺めつつ、何かを探しているようです。

「……上手く行っているか」
王さまが話しかけると、綾目の大臣はびくりとして振り向きました。
「はい、なんとか最初は滞りなく」
「それは良かった」
なんだか互いに言いたいことがあるのに言い出せないような、微妙な空気になってしまいました。

花火に目をやりつつ、綾目の大臣が言いました。
「もうすぐ最初の花火が終わりますので、私は月読の大臣の加勢に行って参ります」
「月読?」
王さまは首を傾げると言いました。
「あれが何かやるのか?」
王様の問いに、今度は綾目の大臣が不思議そうな顔をします。
「陛下はご存じないのですか?」
「何も聞いていないが」

綾目の大臣は少々戸惑い気味に、ゆっくりと言いました。
「例の織師を捕らえるために少々やることがある、ということなのですが―――」




*

少女は気付きました。
自分と旅人さんの周りが、なんだか同じ黒い制服を着た女の人たちで囲まれているということに。
彼女たちの壁の向こうの人たちも、女官だということで警戒していないようです。

「た、旅人さん」
それでも異様な雰囲気を感じ取った少女が小さな声を上げると、
ぐい、と女官の一人に腕を捕まれました。
と同時に、周りを伺っていた全ての女官たちが一斉に少女の方を向きます。

「お嬢さん、あの焼菓子の模様の立案者は貴女だそうですね」

女官たちの間を割って、男の人が一人輪の中に入ってきました。
少女には知る由も無いですが、彼は月読の大臣です。
王さまが織物の中から見つけ、見覚えがあるといった模様。
それは、祭に出されるお菓子の中にあったもの。少女の家のパン屋のものでした。

「ご両親から伺いました。流れの男から教えられた模様だとか。
 その男について詳しく聞かせていただこうと思いまして」



小さな少女に慇懃な調子で語りかけてくるのが逆に恐ろしく、
少女は殆どパニックに陥りかけました。
女官たちの中に引っ張り込まれそうになったとき、

「困ったなあ、もう」

呑気な旅人さんの声がして―――
少女の体がふわりと抱え上げられました。
自分が旅人さんのマントの中にすっぽり入ってしまったと気付くのに数秒。
その間に大臣の声が聞こえました。

「―――?消えた、だと―――」

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