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常世の織物と旅人の話 *6

王さまはお城の屋根の片隅に一人で座っていました。
王さまは明日の晩、お祭のはじめに上げられる花火の前に、集まった人たちに挨拶をします。
年越しの祭は一年の労いのお祭です。
一年頑張った国の人たちが来年も頑張れるような言葉を考えなければならないし、
ちゃんと王さまらしくしなければなりません。
……と若い王さまは考えていました。意外とまじめなのです。
「これで良いだろう」
挨拶を考え終わって、王さまはひとり言いました。
「お疲れ様です」
労いの言葉がかけられました。
「一休みのところ申し訳ないのですが、一応こちらに目を通していただけますか」

本当に二倍のお見合い資料を抱えた綾目の大臣でした。



「……よくそれを持ってここまで上がってこられたな」
「月読殿たちが手伝ってくれました」
期限がもう一日ということもあり、月読の大臣も綾目の味方のようです。
「あと一日で何とかなると、本気で思っているのか?」
王さまは疑問を投げかけてみました。
「さすがにここまで残り少ないと、私もそうは思いません」
綾目の大臣は答えました。
「しかし、折角良いとされた時期なのですから、考える機会を持つのは大切だと思います。
 先代の綾目の大臣によると、陛下は今回の占いに全く興味を持たなかったとか。
 私は、良い機会に少しでも興味を持っていただきたいのです」

「そうだな、先代の王は三人も妃が居て、一人も世継ぎが生まれなかったからな」
王さまは皮肉っぽく笑って言いました。
「今回はなるべく血筋の中心に近いところから、早いうちに世継ぎのストックを作っておきたいのだろう」

*

綾目の大臣は真っ赤になりました。
そのまま一瞬言葉を詰まらせましたが、そのとおりです、と小さく言いました。

「近いうちにそういう話が本格的に押されるようになるでしょう」
綾目の大臣は手の中の資料や写真に目線を落としながら言いました。
「そのときは、今私が持ってきているものの数倍の、
 様々な思惑が裏にある“結婚相手”が次々とやってくるでしょう。
 今のうちに陛下がご希望をお伝えくだされば、
 その中から少しでも良い相手を選ぶことができます―――」

綾目の大臣は訴えかけましたが、ふと王さまの雰囲気の変化に気づきました。
王さまは少しだけ悲しそうでした。

「良い相手?」



「王に良い相手など居るわけがない」
王さまは叫ぶように言いました。
「この血のことを知っているだろう。綾目ならば特にな。
 心を許せば許すほど、その相手が自分を殺すかもしれないのだぞ!」
王族の血の呪い。殺した神さまからの呪いです。
どうやら歴史的に見ると全員が全員発現するわけではないようですが、
王さまそのものとなると逃れようがないでしょう。

「結婚相手などどうだって良い。好きにするといい」

王さまは綾目の大臣にくるりと背を向けると、屋根を下りていってしまいました。

*

「なんだ、もう終わってしまったのか」
屋根を二つ移ったところで、耳慣れない声に王さまは足を止めました。
「お前……」
声の主が座っていたそこは、王さまの視界の範囲内です。それなのに、声を聞くまで王さまの目はその姿を捉えませんでした。
ここ数日探し回っていた相手だというのに。
屋根の脇に座っていたのは、壁抜けの娘でした。



「ん、すまない。痴話喧嘩というものが珍しくてな、つい覗いてしまった」
「痴話喧嘩ではない」
「結婚のなんのと言っていたじゃあないか」
「お前は一体何者だ!」
さっきはちょっと大人げなかったかなあと考えていたところだったので、王さまはつい怒鳴ってしまいました。
すると壁抜けの娘は事も無げに、
「私は通りすがりの旅人、そう旅人だ」
と答えました。
「この辺りで最近タぺストリを買ったものはいないか?それを売った人物を探しているのだが」
「タぺストリ……」
相手の口からいきなり本題が飛び出したので、王さまはなんだか混乱してきました。
「そうそう、タぺストリの気配を辿ってきたはいいものの、大体もう売った後なんだよな」
娘はぶつぶつと呟いています。

「まあでもここが一番最近売った場所みたいだし、もうちょっと探すかな」
王さまはこの間見たときと別人のような娘のマイペースぶりに目を丸くします。
「……お前はあのタぺストリの売り手を知っているのか?」
王さまが困ったように言うと、壁抜けの娘は言いました。

「当たり前だ、私が織ったんだから」

そしてふわりと空中に身を踊らせると、娘の姿はゆらりと揺れた景色の中に溶けて―――
やっぱり消えてしまいました。

「あ、そうそう」

と、声だけが戻ってきました。
「怒鳴ったりするのはよくないよ。特に女の子にはね。」
そして、王さまが一人残りました。

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