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守を探しに行った王子と従者の話*5

そこがどこだかアルファはどうしても思い出せませんでした。
小さな桃色の花が沢山咲いていて、
その茂みの中に隠れた彼はずっと泣いていたのです。
父王も母君も子どもにあまり興味の無い人でしたし、
周りの人たちもひたすら奇妙な眼で見てくるようで、
小さな頃のアルファはいつもひとりぼっちで、ひどく悲しい気持ちでした。
だからその日もお城の中に戻りたくなくて、その場所で泣いていたのだと思われます。



そこに来てくれたのがユーリでした。
ユーリは、アルファの手を引いてお城まで連れて帰ってくれました。
毎日一緒に遊んでくれたので、アルファは悲しくなくなりました。
泣かなくてすむようになりました。

「ユーリが私の兄上だったら良かったのに」
兄弟のいない彼はそんな風に言いましたが、
「それは無理です、私は」
ユーリは優しく笑って即座に否定するのでした。
「私は女ですから、あなたの兄上にはなれません」

*

アルファが目覚めると薄闇の中でした。
どうやら、抵抗して殴られて地下牢とやらに入れられたようです。
「ユーリを助けに行かなきゃ」
王子は言いました。
上着が剥がされているのに気付いて見てみると、首飾りもなくなっていました。
「首飾りも助けなきゃ」
二の次でした。

アルファがとりあえず壁を伝いながら進んでいくと、
他の場所より明るい場所が先にあることがわかりました。
火よりも青白い不思議な光でしたが、
他に出来ることのない彼はその光を目指しました。

ほのかに光る空間に座っていたのは白い人でした。




*

「あなたも囚われたのか?」
アルファは問いかけましたが、白い人はぴくりとも動かず眼を閉じたままです。
こうしている間にもユーリがどうにかなってしまうかもしれません。
アルファは見なかったことにして先へ進もうと足を踏み出します。
すると、白い人の目がぱちりと開きました。
鬼灯のような真っ赤な瞳でした。
「囚われてはおらぬ」
「では、好きでここにいるということか」
「……それは違う」
囚われ人のようでした。

白い人は蛇の化身で、ナギと名乗りました。
よく見ると下半身が蛇でした。
「あれが新しく頭領になるまで彼等は私を祀ってくれていた」
ナギはいいました。
「しかしあれが頭領になると、皆狂うか出て行くかして私を忘れたようだ」
どうやら、あの一族はここ数年で大きく変わったようです。
語る白蛇はどこか寂しそうで、王子は少し気の毒になりました。
「私と一緒に行くかい」
王子の言葉にナギは頷きました。
「土の中も飽いた。緑の傍で暮らしたい」


白い蛇の姿になったナギを肩に乗せて、王子は歩き出しました。



その頃、ユーリは頭領と向き合って座っていました。
どうもアルファの場合とは様子が違います。
「説明してもらおう、なんだあれは」
頭領の言葉に王子の従者は答えました。
「あれは正真正銘の日嗣の御子だ」
「そうか、父親は知れぬというやつだな」
頭領は僅かに首を傾けてなにやら考えていましたが、感情のない声で言いました。
「まあ人質として使えないことはなかろう」

「こちらの首飾りは如何致しましょう」
部下の一人が持ってきた首飾りを見て眉を顰めると、
「どこぞに仕舞っておけ」
頭領は何故か苛立ったように言いました。
「それよりも王家とどう交渉するかだ」
部屋を出ようと扉の方へ向かいます。
それをユーリが呼び止めました。
「待て」
ユーリは少し躊躇いましたが、ゆっくりと口を開きました。
「彼があなたの言うとおり王の息子でないのなら、傷付けないでやってくれないか」
情が移ったか・・・・・・
頭領は薄く笑って言いました。



「そなたも一族の一員ならば、覚悟を決めることだ。
 もう時は来ているのだから」
森の一族から王宮に送り込まれ、王子を連れて戻ってきた従者は、
青褪めた顔で部屋に残されました。

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