NOVEL

黒い樹と二つの太陽の話 *7

新しい体に違和感を感じた黒い樹は、里長の息子の手を振り払おうとしました。
しかし彼はますます手に力を込めるばかりでした。
少しずつ黒い樹の意思が、新しい体に伝わらなくなって行きます。
里長の息子の手が、瞳の色だけがぼんやり浮かんでいる顔に触れると、
そこから少しずつ以前の娘の顔が現れ出てきました。

「主様」

娘が微かな声で言うと、里長の息子はほっとしたような顔になりました。
「元に戻ったのだね」
娘は少しだけ悲しそうな顔をしましたが、自らの手を握る手をゆっくりと握り返しました。
里長の息子は言いました。
「あの太陽を飲み込むのをやめておくれ。
里が真っ暗になってしまう」

娘はじっと里長の息子の瞳を見ていました。
それから困ったように眼を伏せました。
里長の息子は気付きました。彼女の指先がまた黒色を取り戻しており、
彼が触れている両頬にも、黒い筋が浮かんできているということに。

「主様、これが私の願いなのです」
黒い影は再び太陽を飲み込み始めました。
少しずつ闇に覆われていく景色の中で、娘の姿も黒の中に溶け込んでいくようです。
「そんな」
里長の息子は狼狽して言いました。
「お前はいつも私の家の為に、里の為に尽くしてくれたのに。
光を失った里は滅びてしまう」
「主様……」
闇の中から返ってきた声は、とても落ち着いたものでした。
「主様はいつも、里のことを考えていらっしゃる。
人々に恵みを齎すことを忘れて、照りつけるだけの彼らとは大違いです」
おっとりと、ほんの少し笑みを含んだ口調で娘は言いました。
「私の主様が太陽になればいいのにと、ずっと思っていたのです」
娘は黒く細い腕をゆらりと掲げました。
最後の光がふつりと消え、辺りは闇に包まれ―――

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