NOVEL

黒い樹と二つの太陽の話 *4

人々はぎょっとして、思わず後ずさりました。
埋められていた娘が、ぱちりと目を開いたからです。
皆が固唾を呑んで見守る中、娘は更に数回瞬きをした後、ぐらりと身を起こしました。
まるで不慣れな人形師が操る人形のように、
ふらふらとしながら樹の傍を離れ、歩き出します。

見ていた人々はただ呆然とするばかりで、我に返ったのは娘の姿が見えなくなってからでした。
「生きていたのだ」
「生き返ったのか」
「いったいどういうことなんだ」
人々は口々に言いましたが、答える事の出来る人はいませんでした。
奇跡といってもいいような出来事の筈でしたが、どうにも気味が悪くて仕方がありません。
しかし、暫くざわざわと話し合いながらも、何も結論を出さないまま人々はまた黙り込みました。
皆彼らの頭上を見上げていました。
いつも鮮やかに舞い散っていた花弁の雨が止んでいました。
未だ枝いっぱいに花を付けた黒い樹は、しかし、新しい花をつけるのを止めてしまっていました。
クラの樹の中にあった何ものかは、既にこの樹の中にはいませんでした。


黒い樹は事情を知っている人から見れば―――そんな人はいないわけですが―――驚異的なスピードで新しい体を使いこなし始めていました。
少々視界は低くとも、どこまででも進んでいけます。
小さいものもすぐ傍で見ることが出来ました。
しかし、新しい体は弱く柔らかいものです。
脚がうまく動かないと思って見てみると、白い裸の足の裏に大きな傷がたくさん出来ていました。
黒い樹は座り込むと、しょんぼりしてそれを眺めていましたが、
はたと思いついて目を閉じました。

再び目を開くと、そこには白く柔らかな肌を持った娘の足はなくなっていました。
まるで黒い樹の幹のような艶やかな黒色の、硬い美しい足が二本くっついていました。


強くなった脚に満足して、黒い樹は山の上にある社の方へ向かっていました。
何故だかは黒い樹自身にもよくわかりませんでしたが、
とにかくそこへ行くようにと、黒い樹の中の何かが言うのです。
社に近づくにつれ、辺りはどんどん暑く眩しくなって行きました。
黒い樹には知る由もありませんでしたが、山の社には今二つの太陽が昇っていたのです。

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