NOVEL

時計の前の会話

「父上と母上は、今は何をしておられるのだろう」
少年は大きな時計を眺めながら言いました。

時計の文字盤をぐるりと囲う古い文字は、少年の父と母の名前を刻んでいました。二人の結婚式の際に作られたそれはとても立派で、くすんだ金色に輝く振り子が重厚な音を響かせます。

「お二人はしっかりお仕事を頑張っていますよ」
少年の脇に立つ男が言います。
ぴしりと襟の立った白いシャツの上に長い上着を羽織った壮年の男です。
背が高く姿勢が良い人だったので、幼い少年はよけい小さく見えました。

「そんなことは分かっている」
少年はちょっとむくれました。
「しかし仕事には色々ある、と言ったのはお前だろう。
どんな仕事なのか知りたいと思っただけだ」
「ああ……」
男は少年の言葉に、顎に手を当てて考え込みます。こうして尋ねてはくるものの、かなり簡単に言わなければこの子どもには理解出来ないでしょう。

「旦那様―――あなたの父上様がなさっているのは、王さまのお手伝いです。王さまが良いことと悪いことを判断なさるときに、その材料をまとめたり、道筋を整えたりするのが主な内容ですね。奥様は更にその旦那様の手助けをされています」
「王さまか……」

男の言葉に、少年はぼんやりと言いました。
まだ小さい上、彼は王宮にも殆んど行ったことが有りません。
それで具体的なイメージをしろと言われても、なかなか難しいものです。
「王さまのことは知ってます?」
男が問うと、
「あたりまえだ。王さまはこの世界の主、世界そのものなのだろう。母上が言っていた」
少年は意気込んで答えます。
「母上の母上様と父上の父上様もそうだったのだ。誇るべきことだと」
「そうですね」
男は言いました。
少年の両親と同じように、少年も自らの中に流れる王さまの血を誇らしく思っているのでしょう。
自分の先祖を素直に誇れることは良いことです。

「その王さまを、しかも善悪の判断などという大事なときに、お助けしているのですから……お二人のお仕事は、大変大事なお仕事なのです」
「うん」
少年は大きな時計についた沢山の傷を眺めながら、こくりと頷きを返しました。

「だから、なかなか屋敷に戻って来なくても仕方がないな」

少年はそんな風に言いました。
その声は小さな子どもにしては落ち着いたしっかりしたもので、拗ねた様子も潤んだ色もありません。
しかし男にはそれがなぜか、どことなく寂しげに響いたように感じられました。

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