NOVEL

落ちてきたものの話 13

見えない壁が崩れたのが見えました。
空に届かず這っていた煙がぶわ、と広がり、炎がひときわ大きくなります。
しかしそれ程燃えるものも無い広場のこと、まじないの効果が切れればすぐにその勢いも弱まります。
兵士たちが流れ込んでくるのを眺めながら、少年は座り込んでいました。

「私が小鳥を投げ込むのを非難するくせに、何故自分を投げ込むのは平気なのだ」
隣からの声に、少年は視線を横へずらし、それからちょっと上へ上げました。
少年の脇に立って彼を見下ろすのは、彼が拾った得体の知れない彼女です。
彼女の言葉は困惑と怒りを滲ませており、少年はそんな彼女を珍しいものを見るような気持ちで眺めていました。

「投げ込まれる小鳥と選んで入る僕とでは違うと思うけどな」
「…………」
彼女は黙って横を向きます。釈然としない気持ちのようです。
「おまえはそんなことを訊く為に僕を助けたの?」
少年は笑いながら尋ねました。流石に力無いものでしたが、いつもの調子で、軽い微笑を浮かべます。
彼女は一瞬口ごもりましたが、結局口を開かず少年のことを睨むような目つきで見据えました。

「壁を壊したのはおまえだよね……」
少年は静かに言いました。やっぱり疲れたなあと思いながら。
「おまえは何なのかな。魔女ではないけどそういうものなのか、妖精や悪魔の類なのか」
「それを聞いて」
拾いものの彼女は、少年の言葉を遮るように。
「あなたはどうするつもりなのだ。それを知って何が変わる?
それを聞いて、」
拾いものの彼女は一度息を吸うと、再び口を開きました。
「私を信じられるかどうかが、決まるのか」

「そうだねえ……」
少年は天を仰ぎました。
「そんなことは無いね」

周りの兵士たちや捕らえられた裏切り者たちは、少年たちの会話が聞こえないようで―――というよりも、少年たちの存在を忘れてしまったかのように、めいめい立ち動いています。
そんな中で、少年と彼女は不思議な緊張感を持って話をしていました。

「僕はもう決めているから」
少年は言いました。
「僕はおまえを信じるよ」

少年は目を閉じて、小さく息を吐きます。
薄く目を開けて横を眺めると、拾いものの彼女が目を丸くして彼のことを見ていました。
「どうしてそうなったんだ」
「どうしてだろうね」
少年はさっぱり判らないみたいな顔をして、大げさに肩をすくめました。
「やっぱり僕でも拾って育てたものには愛着が沸くんだなあ」
「黙れ」

苛立ちの表情を浮かべて、拾いものの彼女は言いました。
「私は信じられるようなものではないのだ。私は」
片腕で背中の傷に触れながら。
「私を生み育てた者を、一緒に育った者を、騙して血に染め、葬った。この傷はそのときの罰だ」

少年は彼女の突然の告白を、目を丸くして聞いていました。
それから一瞬目を細め、にやりと笑いました。
「だから、何?親兄弟を処刑した僕と、おそろいだとでも言いたいの?」
「……いや―――」
私が言いたいのはそこではなくて、と拾いものの彼女は言おうとしましたが、いきなり腕を引っ張られてよろめきます。少年は彼女の腕に掴まってうんしょと立ち上がり、明るい声を出しました。

「ねえねえ!こいつを僕の騎士にしてもいいだろう?」
少年に話しかけられた兵士は、周りの者より偉いらしく、落ち着いた素振りで拾いものの彼女を眺めてから、首を傾げました。
「騎士制度は何代か前に廃止されましたよ」
「つまりそのポジションは空いてるってことだろう?」
「な……」
笑いながら話を進めていく少年に、拾いものの彼女は絶句してしまい、結局口を挟む隙を見つけることが出来ませんでした。
了解ですわかりましたですと言いながら歩いていく兵士を眺めながら、少年は朗らかに言いました。

「問題はさ、僕が信じたいと思うかどうかだよ」
「……裏切られても良いということか」
「違うってば。だから」
くすくすと笑う少年に、拾いものの彼女は怪訝な顔です。
そんな彼女の顔を眺めて一層楽しい気持ちになりながら、少年は言いました。

「僕のこと裏切らないでねってこと」

拾いものの彼女は二、三度瞬きをして、そのあと思い切り眉をひそめました。
僅かに唇を開いて、何か言い返そうとしました。
しかしそのまま、ふうと小さく息を吐いて―――こくりと頷きました。

少年はそれを見て微笑み、どうやら拘束と後片付けを終えたらしい兵士たちに目をやって、そして大きく頷きました。

「じゃあ家に帰ろうか!」

軽い足取りで歩き出した少年の後を、彼が拾った彼女が一瞬迷い、それから躊躇いながらも追っていきます。
二人には待っている親兄弟はいませんでしたが、
一緒に家に帰る相手がいるのなら、悪くはないものです。

そんな風に少年は思いました。

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