NOVEL

落ちてきたものの話 08

光った。
少年はそんなことを考えながら沈んでいました。
ぼこぼこ音を立てながら彼のまわりに泡がまとわりつきます。
水を飲み込まないようにすることには成功しましたが、体が麻痺したように動きませんでした。
気が遠くなってきた頃、彼の腕を引っ張る者がいました。
拾いものの彼でした。

水から上がると、そこは見たことのない湖の淵でした。
人の気配もなく、周りには木が生い茂っています。
「……どう見ても……元いた場所と、違うんだけど」
少年は久々の空気を吸いこみすぎて、息絶え絶えに呟きました。身を起こす力もありません。
拾いものの彼はそう苦しそうでもありませんでしたが、座り込んでじっとしています。

「なんだいこれ。魔法?」
少年は尋ねました。
拾いものの彼は一度目を閉じてから、ゆっくりと首を振りました。知らないという意思表示です。
「困ったな。動いてないのに道に迷っちゃった」
少年は考え込みながら空を仰ぎます。
模様の側へ付いたのは昼頃だったはずなのに、空はもう赤くなり始めていました。

少年と拾いものの彼はほんの少しの間周りを歩きましたが、人の住んでいる場所は見当たりませんでした。
日が暮れてから動き回るのは得策ではありません。
折り良く洞になったような場所を見つけたので、そこで夜が明けるまで休むことにしました。

*

「寒いね」
少年は言いました。寒い季節ではないとはいえ、暗い森の中の空気は急に冷えてきました。濡れた服を纏っているのも、疲れた身体にはあまり良くないものです。
「火があれば良いのにな」
「…………」
拾いものの彼は目を閉じて洞の隅でじっとしていましたが、少年の言葉に目を開きました。
立ち上がって、黙って洞から出て行きます。
少年は何も言わずに彼が出て行った闇の中を眺めていましたが、
暫くするとばちん、と音がして―――拾いものの彼が小さな松明を持って戻ってきました。

「……拾ったの?」
少年は尋ねました。
拾いものの彼は頷きました。
「……それは良かったね。なんか、そう、過ごしやすくなったよ」
少年は言いました。

少年と拾いものの彼は夜露を避けながら草木を集めてくると、小さな焚き火を灯しました。
それから少年は枝を組み合わせて、小さな物干しを作りました。
「すごい上手」
少年は満足げでした。さっさと衣を脱いで引っ掛けます。
「おまえも使って良いよ。風邪引くよ」

さて声を掛けられた拾いものの彼はというと、目をぱちくりさせて一瞬固まったように見えましたが、少年の何も気にしていないような様子を見て自分も脱ぎ始めました。
少年は何か他に作るものがないかと木の枝をナイフで細切れにしていましたが、
ふと服を脱いでいる拾いものの彼の背が目に入り、暫く眺めていました。
手当てのときにも見ましたが、白い肌に浮かぶ傷跡は少しも薄くなっていません。薄闇の中に浮かぶ薄い身体は、なんだか痛々しく見えました。

「蹴られたみたいだね」
少年の声に、拾いものの彼は振り向きました。
強張ったその顔には、普段は見せないような、ぎょっとしたような表情が浮かんでいます。
これには少年もびっくりしました。
「え?いやあの」
背を隠すように身体を翻らせる相手に少年は、
「傷跡が鹿の足跡みたいに見えたから―――」
言いましたが、

そのあと言葉を失いました。

一瞬の沈黙の後、拾いものの彼が傷を隠しながら、訝しげに口を開こうとした頃。
少年が呆れたような困ったような、なんとも言えない表情で言いました。

「おまえ、女の子だったの?」

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