NOVEL

落ちてきたものの話 01

そのとき少年は水浴びをしていました。
彼はお付の皆々と一緒に走り回っていたところだったのですが、
不意になんだか彼らが面倒くさくなり、木立の隙間に見え隠れする人影を上手に捲いて、一人になったところでした。
ふらふらと自由を満喫していたところで素敵な水辺を見つけましたので、
汗を流そうと思ったのです。

水辺は意外にも深く、水中に潜った少年は濃い茶色の髪を揺らめかせて遊んでいました。
昔聞いたスイトンの術でも使えば、もっと見つかるのが遅くなるかもしれない。
そんなことを考えながら、少年は目から上だけ水から出して辺りを覗っていました。
すると。

ぱあん、と大きな音がしました。
少年はとっさに音がした方を振り返りましたが、その瞬間波がざぱりと彼の顔に被さってきて、思わず目を瞑ります。
ざわざわする水面の向こう側に目をやると、彼から数メートル離れた場所に、大きな波紋がぽかぽかと生まれていっていました。

「何か跳ねたのか?」
訝りながらも少年は水中で動きませんでした。先程の水音やこの水面の様子からして、跳ねたとしても魚や鳥といったものではなさそうです。
目を細めたところで、波紋の中心からゆらりと浮かび上がってきたものがあります。
赤い色でした。

底に向かって碧くなっていく、透明な水の中に揺らめいているのは、どうやら赤っぽい液体のようでした。
少年はぴくりと眉を寄せると、腰に挿していた小刀に手をやります。
鰐とかだろうか。こんなところにいるかな。
考えを巡らせながら彼がじっと赤色を見ていると、その下から黒っぽい塊が浮かび上がってきました。
ぷかり、と。

それは少年と同じくらいの背格好の、人間のようで、水面に浮かんだ背中には生々しい大きな傷跡がくっきりと刻まれていました。
少年が近づいて行ってみると、血の臭いと焦げたような臭いがしました。
とりあえずぷかぷか浮かぶ身体をひっくり返し、顔を上に向けてやります。

「沈んでたのか?そんな感じじゃないよね」
少年は言いました。独り言です。
人が浮かんでいるのは陸地からは少し離れたところで、飛び込んだり投げ込んだりしてもこれがここまで届くとは考えにくい感じでした。
それから重要なこととしては、その人は生きていました。
目を閉じた顔立ちはそれなりに整っていて、意識はないものの苦痛にちょっと引きつっています。
肌の色が白いのは、単に血の気が引いているからでしょうか。

少年はぷかぷか浮かんでいる人を引っ張り引っ張り陸に上がり、
上に屈み込んで少しの間呼吸を確かめていましたが、
立ち上がって大きく伸びをすると、連れの者たちを探しに出かけました。

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