NOVEL

荒野の話 06

彼女は荒野を歩いていました。
ゆっくりと、ときどき立ち止まり、腰をかがめて、そしてまた歩き出すのです。
細い両腕の中には俯いたような形の白い花が沢山抱えられており、
これから何が起こるのかを期待しているかのように、心なしか輝いているようでした。

彼女はもう彼が知っていたようなことは殆ど知っていました。
どんな風にすれば荒野と明るいところを行き来できるのか、
荒野に生えている草花のこと、太陽の光のこと、日差しを防ぐまじないや、時間の正確な測り方。
内があり、外がある、世界の仕組みのこと。
観測すべき仕組みのこと。
観測の仕方のこと。

彼女は彼が取っておいた白いものや赤いものを引っ張り出してきて、
それらを摘んできた沢山の白い花と、次々と反応させていきました。
火も水も使い、何度も繰り返した結果、彼女は自身に一番向いた方法を見つけました。
器の中に水を入れ、それに火をかけることです。
彼女は鉄の器に赤いものや白いものを投げ込むと、花で一度くるりとかき混ぜるようにします。
すると白い花は光の粒のようになって温まった水の中へ散らばってゆき、器の底のほうでぱちぱちとはじけるのです。そして器からぶしゅう、と漏れ出した色とりどりの煙の中から、小鳥や虫や小さな獣などが飛び出してくるのです。

彼女は成功を確かめる為に、それらのものを眺めました。
光ばかりの真っ白い場所だったそこは、光と色が溢れる鮮やかな場所になりました。
しかし彼女は難しい顔になり、首を小さく傾げます。
彼女の器から蘇った彼らは、少しずつどこかが欠けているのでした。
小鳥の翼であったり、虫の幾本もある足の一部だったり、獣の尻尾だったり首だったりしました。

上手くいっていない。

彼女は何も言いませんでしたが、疲れたように床に座り込みました。
彼の身体は崩れることもなく、動かなくなった時のままそこに寝ています。
彼女は彼の側へ寄っていってぺたりと彼の胸に自分の耳を押し当てましたが、
彼が動いた頃に鳴っていた様な音はせず、冷たい塊が感じられるだけでした。

彼女は身を起こす気にならなかったので、彼の身体の上にかぶさってじっとしていました。
あるいはこうしているのも良いかもしれないと思いながら。
目を閉じていると、彼女が蘇らせた生き物たちの動く音がざわざわと聞こえ、それにただ耳を済ませていました。

ざわざわ。
さわさわ。
さわ。
……

彼女は不思議に思って顔を上げました。
生き物たちの音は少しずつ遠ざかっていき、急に殆ど聞こえなくなってしまったのです。
彼女が立ち上がって探してみると、いつの間にか荒野への出口が開いていました。
生き物たちは何かに導かれるように荒野へ向かいます。

彼女は歩きました。それから走りました。
外は夜になっていました。月が明るく冷たい晩でした。
生き物たちは山の上へ上っていきました。大きな木の生えていない、白い花だけが咲く乾いた山。
生き物たちが向かっていくのはその頂上です。

そこにいたのは小さな獣でした。

彼女は目を凝らしました。あまりに月が明るくて、立っている獣の顔は良く見えません。
けれどその獣は彼女の方を眺めていました。
生き物たちはその足元にぐいぐいと集まっていき、あたりには瞬きのような音が響いています。
ぱちん。ぱちん。ぱちん。ぱちん。ぱちん。ぱちん。ぱちん。
七度音が響く間に、生き物たちは煙に還っていきました。

獣は彼女の方へ近寄ってきました。
獣には小さなひづめがあり、その身体は柔らかい白い毛で覆われていました。
獣は彼女を見ました。すぐ側で、彼女を待っていました。
だから彼女は、その鼻先に触れました。

そして彼女は、自分が何をするべきなのかを悟りました。

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