NOVEL

荒野の話 04

時間が流れている、ということに彼女は気付きませんでした。
荒野では一日が過ぎましたが、過ぎる一日はいつも同じでした。
そして彼女が彼といる明るいところは、太陽も月も無く、ただ明るいのでした。
動くものは彼女と彼しかいませんでしたが、彼らの姿も互いに会った時から変化は見られませんでした。

「荒野の外はどんな様子なの?」
あるとき彼女はそう尋ねました。
彼は観測をしていた手を止めて、じっと彼女を見ました。
「荒野の外へ出たいのか?」
「そういうわけではないけど」
本当にふと、疑問が口から出ただけでした。

「私もあまり長くは外にいられない。そういう決まりなのだ」
「誰かが決めた決まりなのね」
「そうだ。忘れてしまった誰かだが―――」
彼は言って、一瞬また思い出そうとしたようでしたが、すぐに諦めました。
「ともかく、外は今平和な時代だよ。
一つの大きな力があって、敵はいない。大きな争いが無い、そういう様子だ」
「ふうん」
そうなの、と彼女は言って、それから彼に問いかけました。

「決まりを破ったらどうなるの?」
問われた彼は黙りました。

目の前にあった花と白いものに火をつけ、何ごとか唱えます。
暫くすると、煙の立ち上る中から小さな蛇が一匹這出て来ました。
蛇はするすると彼の横を滑り降り、近くに座っていた彼女の膝元までやってきます。
彼女が手を伸ばしてそれに触れてみると、暫く踊るように蠢いた後、突然はじけてしまいました。
あとにはやっぱり煙だけが残ります。
観測のために「蘇った」生き物たちは、元の姿に戻っても、すぐにこうして辺りに溶けてしまうのでした。

「観測をするときだけ、蘇らせることが許されている」
彼は静かな声で言いました。
「蘇らせることは、決まりを破ることだ。
私が私の決まりを破って外に長くいたら、多分……ああなる」
荒野の外へは観測を行う理由以外で行ってはいけないのです。

「それではあなたは観測以外のことが出来ないじゃないの」
彼女は非難がましいことを口にしましたが、口調は柔らかいものでした。
だから彼も少しばかり柔らかい表情のまま頷きました。
「私は観測をするためにいる。
おそらく観測をすること以外を考えない方が良いのだろう」

そんな風に言う彼を、彼女は少しだけ眺めていました。
それから、少し俯くようにして口を開きました。
「私は外に出たいとは思ってないけど、
あなたが観測のことしか考えていなかったら、少し寂しいわ」

彼は観測の後片付けをしていましたが、
それきり黙ってしまった彼女に気付いて振り返りました。
彼女は軽く膝を抱えるようにして座ったまま、目を閉じていました。眠っているわけではないようですが、自分の中に集中していたのかもしれません。
だから彼女は、眼を開いたら彼が隣に座っていたのでびくりとしました。
彼は言いました。

「観測だけをしていた頃、私は特に寂しいとは感じなかった。
観測のことしか考えていなかったが、それについてどうこう思う部分も働いていなかった。
でもお前が来てからは、あの頃に戻ったら寂しいだろうと思うよ」
彼のゆっくりと語られた言葉に、彼女は眼を丸くして聞き入りました。
それからほっとしたように微笑みました。

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